先日、令和2年10月13日に下された大阪医科大学事件最高裁決定の判決文が公開された。
この判決は、働き方改革の大きな指針の一つ「同一労働同一賃金」の運用に大きな影響を与える判例なのではないかと、今注目されている。
本日の記事では、この判決について解説していこうと思う。
目次
大阪医科大学事件の事案と判旨の概要
大阪医科大学事件とは、大阪医科大学にアルバイトとして雇われ、同大学の教室事務を担当していた者が大学を訴えた事件だ。その理由は、同様に教室事務を担当していた正職員には支給されていた、賞与、業務外の疾病による欠勤中の賃金等をアルバイトである原告はもらえていなかったため、その賃金と同額の支払いを損害賠償請求という形で求めたというものである。
そして、本件決定では、本件における正職員とアルバイトの職務内容等の違いに照らして、上記二つの違いは、不合理ではないとの判断がされた。
大阪医科大学事件の判決文
上記二つの違いについて、不合理ではない旨の判断を示した判決文が以下の部分だ。
・ 賞与について
「被告の正職員に対する賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて,教室事務員である正職員とアルバイト職員の職務の内容等を考慮すれば,正職員に対する賞与の支給額がおおむね通年で基本給の4.6か月分であり,そこに労務の対価の後払いや一律の功労報償の趣旨が含まれることや,正職員に準ずるものとされる契約職員に対して正職員の約80%に相当する賞与が支給されていたこと,アルバイト職員である第1審原告に対する年間の支給額が平成25年4月に新規採用された正職員の基本給及び賞与の合計額と比較して55%程度の水準にとどまることをしんしゃくしても,教室事務員である正職員と原告との間に賞与に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。」
・ 欠勤中の補償について
「このような職務の内容等に係る事情に加えて,アルバイト職員は,契約期間を1年以内とし,更新される場合はあるものの,長期雇用を前提とした勤務を予定しているものとはいい難いことにも照らせば,教室事務員であるアルバイト職員は,上記のように雇用を維持し確保することを前提とする制度の趣旨が直ちに妥当するものとはいえない。
また,原告は,勤務開始後2年余りで欠勤扱いとなり,欠勤期間を含む在籍期間も3年余りにとどまり,その勤続期間が相当の長期間に及んでいたとはいい難く,第1審原告の有期労働契約が当然に更新され契約期間が継続する状況にあったことをうかがわせる事情も見当たらない。
したがって,教室事務員である正職員と原告との間に私傷病による欠勤中の賃金に係る労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものとはいえない。」
同一労働同一賃金とは?
本件決定は、「同一労働同一賃金」という原則に関わる判例である。
「同一労働同一賃金」の原則とは、正社員だろうと、有期雇用労働者であろうと、パート労働者であろうと、同じ内容の仕事をしている労働者には、同一の賃金を支払うべきであるという原則であり、2018年以来進められてきた働き方改革の大きな指針の一つである。
一昔前の日本では、雇用形態は、終身雇用の正社員の割合が非常に高かった。
その頃は、非正社員よりも正社員を優遇するということが当然とされていたし、むしろ非正社員を犠牲にしても正社員の雇用を守るべきであると考えられていた。しかし、時代は移り変わり、非正社員の割合が極めて増え、もはや、世帯の稼ぎ頭が非正社員であっても何ら珍しくないという状況にまでなってきている。かかる現状において、非正社員だとしても正社員と同様に扱われるべきであるという考えが広まってきたのが、働き方改革において「同一労働同一賃金」が指針の一つとされた理由である。
かかる指針が具体化された法律が、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(いわゆるパー・有法)第8条及び第9条並びに労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(いわゆる労派法)第 30 条の3である。
短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(いわゆるパー・有法)
第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
第九条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間・有期雇用労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。
労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(いわゆる労派法)
第三十条の三
1 派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する派遣先に雇用される通常の労働者の待遇との間において、当該派遣労働者及び通常の労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
2 派遣元事業主は、職務の内容が派遣先に雇用される通常の労働者と同一の派遣労働者であつて、当該労働者派遣契約及び当該派遣先における慣行その他の事情からみて、当該派遣先における派遣就業が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該派遣先との雇用関係が終了するまでの全期間における当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるものについては、正当な理由がなく、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する当該通常の労働者の待遇に比して不利なものとしてはならない。
パー・有法8条、労派法30条の3第1項は、均衡取り扱いを求める法律だ。
すなわち、正社員と有期雇用労働者、パート、派遣社員の間で職務内容などに違いがある場合には、その違いに応じた、均衡のとれた扱いをするように命じている。これは、もともと旧労働契約法20条に規定されていたものが、若干内容に変更を加えられたうえ、上記の各法律に移されたものである。
一方、パー・有法9条、労派法30条の3第2項は均等取り扱いを求めている。
すなわち、正社員と有期雇用労働者、パート、派遣社員の職務内容などに違いがないのであれば、同一の取り扱いをするように命じている。これらの法律は、まさに、「同一労働同一賃金」の原則を具現化したものである。
これらの法律は、取り扱いの違いの合理性、また、そもそも異なる取り扱いをしてよいのかを判断するにあたっては、両者の業務の内容及び業務に伴う責任の程度、業務の内容、責任、労働者の配置が、変更しうる範囲を考慮すべきであるとしている。
また、賃金などに関する異なる取り扱いの合理性判断は、賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきであるというのが判例の考え方である(ハマキョウレックス事件判決)。
最高裁が異なる取り扱いを認めた理由
本件決定では、賞与、欠勤中の補償について正社員には支給する一方、アルバイトには支給しないという異なる取り扱いをすることについて、不合理ではないという判断が下された
その判断に当たっても、上記の二つの観点からの考慮がされたようである。
すなわち、教室事務についての正社員とアルバイトの業務の内容、責任、配置の変更の可能性、そして、賞与、欠勤中の補償という賃金項目の趣旨が考慮された結果、上記の異なる取り扱いが不合理ではないという結論に至ったのである。当該判断についての部分が以下のものである。
・ 正社員とアルバイトの違いについて
「両者の業務の内容は共通する部分はあるものの,原告の業務は,その具体的な内容や,原告が欠勤した後の人員の配置に関する事情からすると,相当に軽易であることがうかがわれるのに対し,教室事務員である正職員は,これに加えて,学内の英文学術誌の編集事務等,病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があったのであり,両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。
また,教室事務員である正職員については,正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し,アルバイト職員については,原則として業務命令によって配置転換されることはなく,人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていたものであり,両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)に一定の相違があったことも否定できない。」
→要するに、同じ教室事務でも、アルバイトである原告が担当していたのは、単純な事務作業であったが、正社員は高度な知的作業を担当していた。
また、アルバイトは、原則として、配置変更されない一方で、正社員は変更の可能性があった、という違いがあったのである。
・ 賞与の趣旨
「正職員に対する賞与は・・・労務の対価の後払いや一律の功労報償,将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。
そして,正職員の基本給については,・・・職能給の性格を有するものといえる上,おおむね,業務の内容の難度や責任の程度が高く,人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたものである。
このような正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば,被告は,正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,正職員に対して賞与を支給することとしたものといえる。」
・ 欠勤中の補償の趣旨
「正職員が長期にわたり継続して就労し,又は将来にわたって継続して就労することが期待されることに照らし,正職員の生活保障を図るとともに,その雇用を維持し確保するという目的によるものと解される。このような被告における私傷病による欠勤中の賃金の性質及びこれを支給する目的に照らすと,同賃金は,このような職員の雇用を維持し確保することを前提とした制度であるといえる。」
→要するに、賞与も、欠勤中の補償も正社員という雇用形態の人材を確保するための賃金としての性質を持っているということである。
以上の判断から、本件では上記の異なる取り扱いが不合理ではないとされた。
同一労働同一賃金の最高裁判例まとめ
上記のように、本件では、正社員とアルバイトの間で様々な違いがあり、さらに、賞与や補償の趣旨が、そんな正社員を確保するための賃金という性質を有するものであったために、異なる取り扱いが正当化された。
すなわち、もし仮に、本件において、教室事務の正社員もアルバイトも同内容の仕事をしていた場合、また、賞与や補償の趣旨が労務の対価であるという趣旨であった場合、本件における決定は真逆のものになっていただろう。
その意味では、本件決定は、同様の事件における先例とはなりうるものの、あくまで事例判断であるといえるのかもしれない。