「一人親方でも残業代が出る場合があるって本当?」
「どのような条件を満たせば残業代を請求できるの?」
「偽装一人親方とは何?」
一人親方とは、主に建設業などで会社に雇用されず、他人を雇用せずに事業を行う人のことを指す言葉です。一人親方は、原則として労働基準法上の「労働者」にはあたりませんので、残業をしたとしても、会社に対して残業代を請求することはできません。
しかし、一人親方がいわゆる「偽装一人親方」にあたる場合には、労働者性が認められますので、例外的に会社に対して残業代を請求することができます。一人親方として働いている方は、ご自身が偽装一人親方に該当するかどうかの判断基準をしっかりと理解しておきましょう。
本記事では、
・一人親方に対して残業代が支払われるのか
・偽装一人親方に該当するかどうかの判断基準
・一人親方が会社に対して残業代を請求する方法
などについてわかりやすく解説します。
偽装一人親方の判断基準は、さまざまな要素を踏まえて総合的な判断になりますので、ご自身で判断がつかないときは、早めに弁護士に相談するようにしましょう。
目次
一人親方とは
一人親方とは、主に建設業などにおいて、他人を雇用せず、また他人に雇用されることなく、施主・請負会社・施工会社などからの依頼により仕事をする人のことをいいます。自分自身または自分を含めた家族だけで建設業を営んでいる人が一人親方の代表例です。
一人親方と個人事業主は、よく混同されることがありますが、両者には明確な違いがあります。
一人親方に該当する場合には、労災保険の特別加入が認められるという効果があります。
一人親方と個人事業主の違いをまとめると、以下のようになります。
一人親方には残業代は支払われる?
一人親方として働いている場合、依頼を受けた会社から残業代を支払ってもらうことはできるのでしょうか。
残業代が支払われるのは労働者のみ
会社に雇用されている労働者が残業をすれば、残業時間に応じた残業代を請求することができます。これは、労働基準法によって労働者に残業代を請求する権利があると定められているからです。
すなわち、残業代を請求することができるのは、労働基準法上の「労働者」に該当する場合に限られます。
一人親方は原則として労働者にはあたらない
一人親方は、その定義からも明らかなように会社に雇用されていません。会社と一人親方との間には、雇用契約ではなく請負契約または業務委託契約が締結されており、それに基づいて業務を行っています。
請負契約または業務委託契約を締結する一人親方は、会社との間に指揮命令関係はありませんので、労働基準法上の「労働者」には該当しません。そのため、一人親方は、原則として会社に対して残業代を請求することができません。
一人親方でも残業代が支払われる可能性はある|偽装一人親方
一人親方は、原則として残業代を請求できないと説明しましたが、例外的に残業代を請求できるケースも存在します。それは「偽装一人親方」に該当する場合です。
偽装一人親方とは、実態としては会社に雇用される労働者と変わらない働き方をしているにもかかわらず、業務委託契約または請負契約を締結し、一人親方として扱うことをいいます。
偽装一人親方は、会社側が残業代、社会保険料、雇用保険料の節約を目的として行ことがあります。しかし、本来は労働者として扱うべき人を一人親方として偽装していることになりますので、労働基準法に反する違法な取り扱いとなります。
一人親方として働く人は、ご自身が「偽装一人親方」に該当するかどうか、しっかりとチェックすることが大切です。
偽装一人親方に該当するかどうかの判断基準
一人親方がいわゆる「偽装一人親方」に該当するかどうかは、次のような基準により判断します。
以下では、各判断基準の詳しい内容を説明します。
「使用従属性」に関する要素
一人親方が労働基準法上の「労働者」に該当するかどうかは、会社の間で締結している契約の名称(請負契約、業務委託契約など)ではなく、実態として会社との間に使用従属性があるかどうかにより判断します。
使用従属性の有無は、「指揮監督下の労働であること」と「報酬の労務対償性があること」という2つの要素により判断されます。
【指揮監督下の労働であること】
一人親方が会社の指揮監督下で労働をしているかどうかは、以下の4つの要素に基づいて判断します。
<仕事の依頼、業務従事の指示などに対する諾否の自由の有無>
建設会社からの仕事の依頼や業務指示などに対して、諾否の自由がない場合には、偽装一人親方を肯定する事情となります。
ただし、仕事を断ると次の依頼をしてもらえないなど事実上断れないようなケースもありますので、諾否の自由の有無は慎重に判断する必要があります。
<業務遂行上の指揮監督の有無>
業務の内容や遂行方法について、建設会社から具体的な指示を受けている場合には、偽装一人親方を肯定する事情となります。
ただし、建設業では、仕様書や指図書に従って業務を行うのは当然ですので、このことをもって直ちに偽装一人親方といえるわけではありません。
<拘束性の有無>
勤務場所や勤務時間が決められているような場合には、偽装一人親方を肯定する事情となります。
ただし、建設業では工事現場が決まっていることや騒音や安全管理のため作業時間が決まっているのはよくあることですので、拘束性の有無は具体的な状況に応じて判断する必要があります。
<代替性の有無>
都合が悪くなったときは代替して業務を遂行することができず、自分の判断で補助者を使うこともできない場合には、偽装一人親方を肯定する事情となります。
【報酬の労務対償性があること】
建設会社から支払われる報酬が時間や日数に応じて支払われる場合には、報酬の労務対償性が認められ、偽装一人親方を肯定する事情となります。
他方、時間や日数ではなく出来高見合いで報酬が支払われている場合には、偽装一人親方を否定する事情となります。
「労働者性」の判断を補強する要素
上記の使用従属性の要素だけでは、偽装一人親方に該当するかどうかを判断できない場合には、以下のような要素も踏まえて判断していく必要があります。
【事業性の有無】
以下のような事情がある場合には、事業者としての性質が強く、偽装一人親方を否定する要素となります。
・本人が所有する機械や器具を使用し、それらが著しく高価なものである
・報酬額が当該企業において同様の業務に従事する正社員と比較して著しく高額である
・業務遂行上の損害に対する責任を負う
・独自の商号使用が認められている
【専属性の程度】
以下のような事情がある場合には、偽装一人親方を肯定する要素となります。
・他者の業務に従事することが制度上締約され、または時間的余裕がなく事実上困難である
・報酬に固定給部分があり、その額も生計を維持し得る程度のものであるなど生活保障的な要素が強い
なお、労働者性の判断基準についての詳細は、以下の記事をご参照ください。
一人親方が会社に対して残業代を請求する方法
一人親方が「偽装一人親方」に該当する場合、会社に対して残業代を請求することができます。会社に対する残業代請求は、以下のような方法で行います。
内容証明郵便の送付
内容証明郵便は、以下の事項を日本郵便株式会社が証明してくれる形式の郵便です。
・差し出した日付
・差出人の住所、氏名
・受取人の住所、氏名
・文書に書かれた内容
内容証明郵便を送付しても、未払い残業代の支払いを強制する効力まではありません。しかし、特別な形式の郵便が届いたことで、会社にプレッシャーを与え、事実上支払いを強制する効力がきたいできます。
また、残業代の支払いを求めることは、法律上の「催告」にあたりますので、時効の完成を6か月間猶予する効果があります。内容証明郵便を利用すれば催告をしたという客観的証拠を残すことができるというメリットもあります。
そのため、残業代請求は、まずは内容証明郵便を送ることから始めましょう。
なお、内容証明郵便の書き方と基本的なルールについての詳細は、以下の記事をご参照ください。
会社との交渉
次は会社との交渉により未払い残業代の支払いを求めていきます。会社との合意が成立すれば労働審判や訴訟などの手続きに発展することなく、早期解決が見込めますので、円満解決を目指して話し合いを進めていきましょう。
会社との間で合意が成立した場合は、後日トラブルが生じるのを避けるためにも合意内容を記載した合意書を必ず作成しておきましょう。
労働審判の申立て
労働審判は、会社と労働者との間で生じた紛争を迅速かつ適正に解決するための裁判所の手続きです。
労働審判の審理は、原則として3回以内の期日で終了することになっていますので、訴訟に比べて迅速な解決が期待できます。いきなり訴訟を提起することもできますが、会社と話し合いの余地があるのであれば労働審判を利用してみてもよいでしょう。
なお、労働審判で残業代請求をする流れについては、以下の記事をご参照ください
訴訟の提起
残業代の支払いを求める裁判では、労働者の側で未払い残業代の存在とその金額を証拠により立証していかなければなりません。残業代請求訴訟を成功させるには、あらかじめ十分な証拠を確保しておくことがポイントになります。
証拠収集や訴訟対応などは専門家のサポートが必要になりますので、早めに弁護士に相談するようにしましょう。
なお、裁判で残業代請求をする流れについては、以下の記事をご参照ください。
一人親方の残業代請求・労働者性に関する裁判例
以下では、一人親方の残業代請求に関する裁判例を紹介します。
一人親方の労働者性を否定した判例|最高裁平成19年6月28日判決
【事案の概要】
大工であるXは、マンションの内装工事でのこぎりの刃で怪我をしてしまいました。そこで、Xは、業務に起因する傷害であるとして労働者災害補償保険法に基づき、療養補償給付および休業補償給付の申請を行いました。
しかし、労働基準監督署長Yから「労災保険法上の労働者でない」という理由で不支給処分を受けたため、その取り消しを求めて訴えを提起しました。
【裁判所の判断】
裁判所では、以下のような理由を挙げて、Xは労災保険法上の労働者には該当しないと判断しました。
・Xは、自分の判断で工事に関する具体的な工法や作業手順を選択することができた
・Xは、事前に会社の現場監督に連絡すれば、工期に遅れない限り、仕事を休んだり、所定の時刻より後に作業を開始したり、所定の時刻前に作業を切り上げたりすることも自由にできた
・Xは、他の工務店などの仕事をすることを会社から禁じられていなかった
・Xと会社との報酬の取決めは、完全な出来高払の方式が中心とされていた
・Xは、一般的に必要な大工道具一式を自ら所有して現場に持ち込み使用していた
一人親方の労働者性を肯定した裁判例|東京地裁平成6年2月25日判決
【事案の概要】
Xは、Y社との間で契約を締結し、大工として勤務していました。その後、Xは、Y社を解雇されたものの解雇予告手当の支払いがなかったため、その支払いを求めて訴えを提起しました。
裁判では、Xが解雇予告手当の支払いが必要な「労働者」にあたるかが争点となりました。
【裁判所の判断】
裁判所は、以下のような理由を挙げて、Xの労働者性を肯定しました。
・就業期間中に他社の仕事をしたことはない
・大工職人としての仕事のほか、ブロック工事など他の仕事にも従事を求められた
・勤務時間の指定はないものの、午前7時30分に事務所で仕事の指示を受け、事実上午後5時30分まで拘束され、それ以降の作業には残業手当が支給されていた
・現場監督からの報告や指示によって、会社から指揮監督を受けていた
・大工道具はXの所有物であるが、必要な資材などの調達は会社の負担により行われていた
一人親方の労働者性を否定した裁判例|東京地裁令和5年12月12日判決
【事案の概要】
Xは、塗装業の現場作業に約27年従事した経歴を持ち、Y社の依頼に基づきマンション建設工事現場において塗装仕上げの作業に従事していました。しかし、Xは、Y社から解雇されてしまったため、解雇無効を主張して訴えを提起しました。
裁判では、XとY社との間の契約が労働契約であるか、すなわちXが「労働者」であるかが争点になりました。
【裁判所の判断】
裁判所は、以下のような理由を挙げて、Xの労働者性を否定しました。
・Xは、本件工事に関する業務以外に労務提供を義務づけられたり、本件工事の現場管理を超えた一般的な服務規律に服したりした事実はない
・Xは、別の仕事を理由に現場での作業を断ったことがあった
・Xは、自らが現場を抜ける日に代替の業者に作業をさせたことがあった
・本件工事が特定のビル建設工事の一部である以上、場所的な拘束や時間等の管理を受けるのは当然である
・Xは、一人親方として労災保険に特別加入していた
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一人親方が残業代を請求するためには、一人親方に労働者性が認められなければなりません。労働者性の判断にあたっては、さまざまな要素を総合的に考慮して判断することになりますので、専門家である弁護士でなければ正確な判断は難しいといえるでしょう。
グラディアトル法律事務所では、これまで数多くの残業代トラブルを解決に導いてきた豊富な実績と経験があります。一人親方の残業代に関する問題についても、その対処法を熟知していますので、まずは当事務所までご相談ください。
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最終的に事件が解決した際には、回収した残業代から報酬金をいただくことになりますが、報酬金の金額も相談時にわかりやすく説明しますので、どうぞご安心ください。
まとめ
一人親方は、労働者には該当しませんので、原則として残業代を請求することはできません。しかし、実態として労働者と変わりない働き方をしている方は、「偽装一人親方」に該当し、例外的に残業代を請求できる可能性があります。
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