【建設業・テレワーク・労働者性】労働審判で500万円の残業代獲得の事例

近年、コロナ禍による生活環境等の変化や情報通信技術の発達により、テレワークをする労働者の人口は大幅に増加しています。

その結果、在宅勤務には通勤の負担を軽減し、家庭の事情や体力などを理由に出勤が負担となっていた人々にも働きやすい環境を生み出すなどのメリットがあることが明らかになってきました。一方で、在宅勤務がなされると労働時間の管理をすることが難しく、適切な残業代が支払われないおそれがあるなどのデメリットも明らかになってきました。

このような状況の下、会社によってはテレワークでの残業を制限または禁止することがあります。しかし、例えば建設業界など、定められた仕事を期限までに完成させることが求められる業種では、残業が制限されていたとしても、期限に間に合わせるためには残業もやむを得ないこともあります。

このような場合、会社に対して残業代を請求することはできないのでしょうか。

今回は、弊所で受任した残業代請求についての事件の中から、建設関係のコンサルティング会社に勤務し、そのほとんどをテレワークとして自宅などで働いていたご依頼者について、労働審判の末、約2年間の残業代である約500万円の請求が認められた事例をご紹介させていただき、併せて解決までのポイントなどを解説しようと思います。

 

【事例の概要:建設業・テレワークでの残業】

今回のご依頼者は、すでに70歳を超え、労働者としては非常に高齢となっていましたが、これまでの職務経験や一級土木施工管理技士としての知見、外国語の知識を活かし、外国のコンサルティング会社に所属して、設計のほか、官公庁や日本国内の事業者との交渉等の職務を行っていました。

ご依頼者は、働き始めた初年度は月給50万円でフルタイム勤務をしていましたが、高齢なこともあり、体力的に厳しいと考えるようになったところ、3年目の更新の際に、週3日の勤務に変更し、月給も30万円に変更しました。

この更新以降の2年間において、雇用契約書上の労働条件は以下のようになっていました。

・1年間の契約(1年ごとに更新)

・月給:30万円

・就業時間:午前9時半~午後16時半(労働時間6時間、休憩1時間)

・週3日勤務(うち1日はリモートワークとする。)

・職務内容:監理技術者としての技術的な仕事のほか、官公庁との調整や諸手続き、運営において必要な日本語での手続きなど

しかし、業務量は変化せず、週5日以上勤務せざるを得なかったため、ご依頼者は外国にある本部に契約外労働の事実を示した書面を送り、何度も改善を要求しましたが、本部は何ら対策を講じることはありませんでした。

そこで、法律家の力を借りて残業代の請求をしていくほかないと考え、労働事件を多数取り扱っている弊所にご相談いただきました。

【解決までの道のり:残業代承認制・許可制等の反論・労働審判へ】

ご相談を受けた弁護士は、ご依頼者に提供いただいた資料から残業代を計算し直し、裁判上の手続を示唆しつつ、相手方の会社に約580万円を請求しました。

すると、会社は、「残業の承認制・許可制を採用しており、承認を得ない労働は会社の業務指示に基づかない自主的なものといえるため、時間外労働は存在しない」と反論してきました。

もっとも、ご依頼者によると、契約時に労働時間の承認に関する就業規則の規定について説明はなく、ご依頼者が出社している事務所では就業規則を確認することはできなかったとのことでした。

その後も、両者の主張の溝は埋まることがなく、会社が任意に残業代を支払うことはありませんでした。

そこで、弁護士はここまでの交渉の経緯をふまえ、労働審判の手続を進めていくことにしました。

労働審判においては、ご依頼者がそもそも労働基準法上の労働者といえるのかということに加え、就業規則の内容が労働契約の内容となっていたか、その内容が有効か、有効として、なお残業代請求が認められるかが争われました。

弁護士はご依頼者が自ら作成した出勤簿のほか、ご依頼者がその期間に行った仕事の内容を示す技術資料や、ご依頼者と本社とのやりとりの記録等を証拠として示すとともに、会社の反論は認められないとの法律上の主張を行い、残業代請求が認められることを主張立証していきました。

そして、労働審判の結果、500万円の請求が認められました

労働審判で残業代請求をする方法や手続き、費用や解決時間等についての詳細は、以下の記事もご参照ください。

労働審判で残業代請求をする流れ・費用・期間などをわかりやすく解説

 

point①:会社管理のタイムカードがない場合でも残業代を請求できる?

そもそも、残業代請求が認められるためには、その請求に対応する時間について労働していたことを、労働者の側から示していく必要があります。

もっとも、会社には労働者の勤怠管理をする労働安全衛生法上の義務があり、タイムカード等の記録による勤怠管理をしている会社が多いため、その記録により労働時間を立証していくことができる場合が多くあります。

このような場合は、労働時間の立証はそれほど問題となりません。

一方、本事例のようなテレワークの場合、就業場所でタイムカードが作成されておらず、会社が労働時間を管理・把握していないことがあり、労働時間の立証が問題になります。

このような場合においては、仕事に使用するパソコンのログイン・ログオフ記録や、業務上送信した電子メールの時間記録、業務上労働者が作成し、使用者が認識している日報などを証拠として、労働時間を立証していくことになります。

本事例でも、タイムカードによる労働時間管理はなされていませんでしたが、ご依頼者が勤務時間や作業内容を記載した作業日報を自主的に作成し、会社に送っていたため、この日報に基づいて労働時間を立証していくこととしました。

なお、タイムカードがない場合にどのような記録が労働時間の証拠となるのかについて、さらに詳しく知りたいという方は、以下の記事をご参照ください。

タイムカードないけど残業代もらえる!あれば役に立つ証拠16選!

point②労働者性:フリーランスに近い働き方をしている人でも労働者といえる?

そもそも、労働基準法の規定に基づき残業代請求をするためには、自らが労働基準法の「労働者」に当たることが必要です。

しかし、業務場所等の指定を受けずにテレワークを行い、フリーランスに近い形で働いている方は、労働基準法上の労働者に当たらない可能性があり、本事例でも、この点が争点となりました。

確かに、労働基準法上の労働者に当たるか否かは、勤務場所や時間の拘束性や、業務遂行方法についての具体的な指揮命令等の有無も考慮して判断されます。

しかし、この判断は、その他の多様な要素をも考慮して実質的に判断されるところ、勤務場所等について使用者に拘束されていないからといって、直ちに労働者に当たらないというものではありません。

本事例でも、ご依頼者はほとんど出社せず、働き方には広い裁量が認められていたにもかかわらず、最終的には労働者と認められ、労働基準法の規定に基づく残業代請求が認められました。

なお、労働基準法上の労働者に該当するか否かの判断方法について、さらに詳しく知りたいという方は、以下の記事をご参照ください。

労働者性とは?労働者と業務委託の判断基準をチェックリストで確認

point③:残業許可制の定めがある場合に許可を受けずに残業をした場合でも残業代を請求できる?

本事例では、会社が残業許可制をとっており、許可を求める申請がない以上、自主的な残業にすぎず、労働時間には当たらないという反論がなされました。

特に会社の管理監督者の目の及ばないテレワークを導入する場合などにおいては、残業の許可制は、無用な残業を防止したい会社にとって有意義な制度であり、長時間労働を回避したい労働者にとっても有意義な制度となり得ます。そのため、残業の許可制には合理性が認められ、その導入自体は適法といえます。

しかし、就業規則に残業許可制が定められ、労働者が許可を得ずに残業をした場合であっても、残業代が発生する場合があります

まず、就業規則の内容が労働契約の内容となるためには、客観的に合理的な内容の就業規則の定めがなされ、それが労働者の知り得る状況に置かれている必要があります。

本事例では、ご依頼者が会社に就業規則が備え付けられていないことを指摘し、備え付けるように求めていたにもかかわらず、会社がそれに応じていませんでした。そのため、就業規則の定めを労働者が知ろうと思っても知り得なかったことから、その就業規則の規定は労働契約の内容になっていなかったのではないかと主張していきました。

次に、有効な残業許可制の定めがあったとしても、使用者が従業員に対し、残業を命じているといるといえる場合には、残業代の請求が認められることがあります

そして、使用者が承認または命令をしていない場合であっても、労働者が業務上の必要に基づいて残業を行っており、「黙示の指示」があったといえるときには、この残業代の請求が認められる場合に当たることがあります。

本事例でも、週3日勤務に変更されてからもご依頼者の仕事量は週5日勤務の際と一切変化せず、また、業務量の過多や人員を増やして欲しいことを使用者に伝えていたにもかかわらず、使用者が応じなかったため、ご依頼者はやむを得ず残業をしていました。また、会社はご依頼者の残業の事実を知りながら、承認を求めるよう指導することはなく、残業を黙認していました。

そこで、仮に残業許可制の定めが有効だとしても、ご依頼者は「黙示の指示」の下に残業しており、会社は残業代の支払を免れることができないと主張していきました。

その結果、本事例において、使用者の残業許可制の反論が認められることはありませんでした。

残業の許可制・承認制でも残業代請求ができる場合の詳細等については、以下の記事もご参照ください。

残業許可制で残業代不払いが違法になる4つのケースを解説

●建設業の労働時間についての規制が変更された?

なお、本事例では問題となりませんでしたが、2024年4月1日から、建設業についても時間外労働の上限規制が適用され、災害対応等の場合を除き、時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間となり、これを超えて労働させることは許されず、使用者に罰則が科されることになります。

詳しくは、厚生労働省が公開しているこちらの資料をご参照ください。

https://www.mhlw.go.jp/content/001116624.pdf

また、建設業・土木業界での残業代請求については、以下の記事もご参照ください。

建設業の残業代請求は証拠が重要!よくある違法な手口と計算方法

土木業界も残業時間の上限規制が適用!残業代請求可能な8つのケース

 

【おわりに】

本事例において、ご依頼者は当初の請求とほぼ同額の500万円の支払を求める審判を得ることができました。

時に使用者は様々な工夫をして残業代を抑えようとします。これ自体は正当な企業努力といえるかもしれません。しかし、制度を利用して不当に労働者への対価を支払わないことは法律上許されません。

本事例のように、専門家が適切な法律上の主張を繰り広げることができれば、ご依頼者の実際の労働に応じた正当な対価を求めていくことができます。

弊所弁護士は、ご依頼者がその労働に応じた正当な対価を受け取ることができるよう、精力的に活動していきます。残業代請求をしていきたいとお考えの方は、ぜひ一度、弊所にお問い合わせください。

 

弁護士 若林翔

弁護士法人グラディアトル法律事務所代表弁護士。 東京弁護士会所属(登録番号:50133) 男女トラブルや詐欺、消費者被害、誹謗中傷など多岐にわたる分野を手掛けるとともに、顧問弁護士として風俗やキャバクラ、ホストクラブなど、ナイトビジネスの健全化に助力している。

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