「整備士として働いているけど残業代が支払われない」
「会社からは残業代は出ないと言われているけど、違法ではないか?」
「整備士でも残業代請求ができるケースを知りたい」
自動車整備士は、車検の多い繁忙期や急な整備依頼などがあると残業をして対応せざるを得ないこともあります。残業時間に応じてきちんと残業代が支払われていれば不満もありませんが、整備士を雇用する会社ではさまざまな理由を付けて残業代を支払わないことがあります。
会社からの違法な残業代不払いがあった場合に、しっかりと反論できるように、よくある会社側の違法な残業代不払いの手口を理解しておきましょう。
本記事では、
・整備士が残業をする4つのケース
・整備士が働く会社の残業代未払いの手口
・整備士が残業代請求を行う際のポイント
などについてわかりやすく解説します。
残業代請求には時効がありますので、未払い残業代があることがわかったときは早めに行動するようにしましょう。
目次
整備士の残業の実態
厚生労働省が公表している「令和5年賃金構造基本統計調査」によると、整備士の年齢別の労働時間と残業時間は、以下のようになります。
整備士全体でみると、残業時間は月16時間ですので、統計結果からは整備士の残業代は比較的少ないという印象を受けます。しかし、統計結果にはサービス残業が含まれていませんので、実際の残業時間は統計結果よりも長いと考えられます。また、整備士が働く会社によって、残業の有無や時間は大きく異なります。
長時間の残業をしているという整備士の方は、未払い残業代が発生している可能性もありますので、しっかりと対応する必要があります。
整備士が残業をする4つのケース
整備士が残業をする代表的なケースとしては、以下の4つのケースが考えられます。
車検の多い繁忙期
車検の時期は、車を購入した時期によって左右されますので、自動車販売会社の年末商戦や年度末の買い替えなどにより、一般的に12月から3月が車検の繁忙期といわれています。
この時期は、車検を受ける車両の台数も多くなりますので、整備士は、残業をして対応しなければなりません。
顧客からの急な整備依頼
自動車は急な故障や事故により、整備や修理が必要になることがあります。顧客からの急な整備や修理の依頼があると、通常の業務に加えてそれらの対応も必要になりますので、納期に間に合わせるためには残業をして対応しなければなりません。
整備士不足
自動車整備士を目指す若者が減少しているなどの理由から、近年整備士の不足が深刻な問題となっています。十分な整備士の数を確保できていない会社では、整備士一人当たりの負担が大きくなり、残業をしなければ整備業務をこなしていくことができない状況になります。
整備台数のノルマの設定
整備士が働く会社によっては、整備台数のノルマが設定されていることがあります。整備車両を増やすことが会社に利益につながりますので、一定のノルマを課すこと自体は合理的なものといえます。
しかし、過剰なノルマを課されると通常の業務時間内では処理しきれず、残業を余儀なくされるケースもあります。
整備士が働く会社の残業代未払いの手口
整備士が働く会社によっては、以下のような違法な手口により残業代を支払わないことがあります。
業務委託契約を理由とする残業代の不払い
残業代の支払いが必要になるのは、雇用契約を締結する労働者です。残業代を支払いたくない会社では、整備士との契約を雇用契約ではなく業務委託契約にすることがあります。
しかし、残業代の支払いが必要な労働者であるかどうかは、契約の形式ではなく実態に即して判断しますので、業務委託契約だからといって直ちに残業代を請求できないわけではありません。
整備士は、会社の設備や機械を利用して自動車整備業務にあたり、業務の指示も会社から受けていますので、基本的には、会社の指揮命令に従って働く労働者といえます。整備士が業務委託契約を理由として残業代の不払いが認められるケースはほとんどありませんので、会社に対して、残業代請求が可能です。
固定残業代の支払いを理由とする残業代の不払い
固定残業代とは、一定時間分の残業代をあらかじめ給料に含めて支払う制度をいいます。残業の多い会社では、残業代計算の手間を省けるため、固定残業代を導入しているところも多いでしょう。
しかし、固定残業代を支払っていれば、一切残業代の支払いが不要になるというわけではありません。固定残業代は、一定時間分の残業代を支払っているに過ぎませんので、固定残業代で想定されている残業時間を超える場合には、固定残業代とは別途残業代を支払う必要があります。
会社から固定残業代以外支払われていないという場合には、未払い残業代が発生している可能性もありますので、しっかりと確認することが大切です。
なお、みなし残業代(固定残業代)制度でも残業代請求ができるケースについての詳細は、以下の記事をご参照ください。
見習い期間中を理由とする残業代の不払い
整備士は技術職ですので、きちんと一人で整備業務ができるようになるまでは、見習い期間として残業代が支払われないことがあります。
しかし、新人整備士であったとしても、労働者であることには変わりありませんので、残業をすれば残業時間に応じた残業代を支払わなければなりません。見習い期間中を理由に残業代を支払わないのは違法な扱いとなります。
整備士の残業代が問題となった裁判例
以下では、整備士の残業代が問題となった裁判例を紹介します。
大阪地裁平成26年12月25日判決
【事案の概要】
Xは、貨物自動車運送業および自動車の販売・修理を目的とするY社において、自動車整備士として働いていました。
Xの勤務時間は、午前8時から午後5時までとされていましたが、実際には、午後6時または午後7時まで働いており、その間の残業代の支払いを求めてYに対して訴えを提起しました。
裁判では、Xが具体的な業務をせずに待機していた時間が労働時間に含まれるかどうかが争点になりました。
【裁判所の判断】
Yからは、午後5時以降は客が来店することはほとんどなく、整備士であるXが行うべき具体的な業務は一切なかったと主張しました。
しかし、裁判所は、YからXに対して午後7時まで店舗に残るよう指示があったこと、Xはその時間は一切外出が認められなかったこと、Yからの業務の指示があれば従わなければならなかったことを認定し、具体的な業務をしていない時間であっても、いわゆる「手待時間」にあたり、労働時間に含まれると判断しました。
その結果、Yに対し、未払い残業代として約345万円、付加金として約330万円の支払いを命じました。
福島地裁いわき支部令和2年3月26日判決
【事案の概要】
Aは、車輛系建設機械、荷役運搬機械の検査、整備などを営むY社において、自動車整備士として働いていましたがその後死亡しました。
Aの相続人Xは、Aに未払い残業代があるとして、Yに対して未払い残業代の支払いを求める訴えを提起しました。
裁判では、①Yの事業所から作業現場までの移動時間、②作業現場到着後、作業開始までの時間、③昼休憩の時間が労働時間に該当するかどうかが争点になりました。
【裁判所の判断】
裁判所は、それぞれの時間についていずれも労働時間に該当すると判断し、Yに対して、未払い残業代として約268万円の支払いを命じました。
①Yの事業所から作業現場までの移動時間
裁判所は、以下のような理由から移動時間は、単なる通勤時間ではなく労働時間にあたると判断しました。
・Xは、健康状態のチェックやIDカードの持ち出しのためにY事業場に出勤して、タイムカードを打刻してから作業場に移動するのが常態化していた
・移動の時間中は朝食の購入のためにコンビニに寄ることはあったがそれ以外の寄り道はなかった
・作業開始の集合時刻前に作業現場に到着し、健康状態の報告やミーティングに参加する必要があった
②作業現場到着後、作業開始までの時間
裁判所は、作業現場到着後、健康状態の報告、ミーティング、作業準備に要する時間については、Yの指揮命令下に置かれていたと評価でき、労働時間にあたると判断しました。
他方、ミーティング後の待機時間については、食事をするなど自由に利用できたことから待機時間20分については、休憩時間にあたり、労働時間ではないと判断しました。
③昼休憩の時間
Yでは、午前11時30分から午後1時までを昼休憩の時間としていましたが、昼休憩の前後で防護服や全面マスクの着替えが必要であり、これらの装備を着用したままでは休憩時間の自由利用は難しいとして、装備の着脱に要する25分間は労働時間に該当すると判断しました。
整備士が残業代請求を行う際のポイント
整備士が残業代請求を行う際には、以下のポイントを押さえておきましょう。
契約内容を確認する
整備士と会社の契約内容によっては、固定残業代が導入されていたり、契約の形式が業務委託契約になっていることがあります。
契約内容によって残業代請求の可否や計算方法などが異なってきますので、まずは契約書を見て詳しい契約内容を確認することが必要です。契約書を見てもよくわからないという場合には、専門家である弁護士に相談して判断してもらうとよいでしょう。
時効完成前に残業代請求を行う
残業代請求には、時効がありますので、時効完成前に残業代請求を行わなければなりません。
残業代の時効期間は、残業代の発生時期に応じて以下のように定められています。
・2020年3月31日以前に発生した残業代……時効期間は2年
・2020年4月1日以降に発生した残業代……時効期間は3年
残業代は、毎月の給料日を起算点として、そこから3年(または2年)を経過すると時効により消滅してしまいます。残業代が時効になってしまうと、弁護士に依頼をしたとしても会社から支払ってもらうのは困難ですので、未払い残業代の存在に気付いたときは早めに行動することが重要です。
なお、残業代請求の時効と時効を阻止する方法についての詳細は、以下の記事もご参照ください。
整備士が残業代請求をする際に必要となる証拠
整備士が会社に対して残業代を請求する際には、整備士自身で残業をしたことを立証していかなければなりません。残業代の立証には、証拠が必要になりますので、会社に対して未払い残業代を請求する前提として、残業に関する十分な証拠を集めておくことが大切です。
タイムカードや勤怠管理システムにより労働時間が管理されている整備士であれば、これらに基づき残業を立証することができます。
他方、小規模な自動車整備工場などでは、タイムカードなどによる労働時間の管理がなされていないこともあります。そのような場合には、以下のような証拠に基づいて、残業を立証していきます。
・労働時間の記載のある作業報告書
・部品の発注書
・顧客や取引先とのメールの履歴
・整備工場内の防犯カメラのデータ
・セキュリティの開始および解除の履歴
・勤務時間を記録したメモ
なお、残業代請求に有効な証拠についての詳細は、以下の記事をご参照ください。
整備士が残業代請求をする方法
整備士が会社に対して残業代を請求する場合、以下のような方法で行います。
内容証明郵便の送付
いきなり会社と交渉を始めるのではなく、まずは内容証明郵便を利用して会社に対して、未払い残業代の支払いを求める書面を送付します。
内容証明郵便とは、いつ・誰が・誰に・どのような内容の文書を送付したのかを証明できる郵便です。内容証明郵便を利用する主な理由は、残業代の時効の進行を一時的にストップするためです。内容証明郵便で残業代請求をすれば、6か月間時効の完成を猶予することができますので、その間落ち着いて会社との交渉を進めることができます。
会社との交渉
内容証明郵便が会社に届いたタイミングで会社との交渉を開始します。
会社との交渉では、残業代を計算した根拠を示すことで、よりスムーズに話し合いを進めることができます。会社との交渉により未払い残業代の支払いの合意に達したときは、口約束だけで終わらせるのではなく、必ず合意書などの書面を作成するようにしましょう。
労働審判の申立て
会社との交渉がうまくいかないときは、労働審判という手続きを利用するのもおすすめです。
労働審判では、雇用関係の実情や労使慣行などの詳しい労働審判員が審理に加わりますので、当事者同士の話し合いに比べて、より実態に即した柔軟な解決が期待できます。また、原則として3回以内の期日で終了することになっていますので、裁判に比べて迅速な解決が期待できます。
労働審判の手続きは、まずは調停による話し合いの解決が試みられ、合意が難しいときは、労働審判委員会により、事案の実情に即した判断(労働審判)が行われます。
訴訟の提起
会社との交渉や労働審判でも解決できなときは、裁判所に訴訟を提起する必要があります。
訴訟になれば最終的に裁判所が判決という形で結論出しますが、未払い残業代の支払いを命じてもらうためには、労働者の側で証拠に基づき残業を立証していかなければなりません。
証拠の取捨選択や主張の方法など専門的知識がなければ対応が難しいため、訴訟対応は弁護士に依頼するようにしましょう。
残業代請求をお考えの整備士の方はグラディアトル法律事務所にご相談ください
整備士は、車検の多い繁忙期には残業が多くなりやすく、急な整備依頼などが重なると長時間の残業をしなければならないこともあります。整備士であっても残業代を請求することは可能ですので、適正な残業代が支払われているか疑問があるという方は、まずはグラディアトル法律事務所までご相談ください。
個人では難しい残業に関する証拠収集や残業代計算についても、当事務所の経験豊富な弁護士がサポートしますので、正確に未払い残業代の金額を算定することができます。会社との交渉も弁護士がすべて対応しますので、ご自身の負担はほとんどありません。労働審判や訴訟に発展した場合でも引き続き当事務所の弁護士が対応しますので、最後まで安心してお任せください。
まとめ
残業をした場合に残業代を請求するのは、労働者として当然の権利です。会社に遠慮して残業代請求を諦めていると、時効により大切な権利が失われてしまう可能性もありますので、未払い残業代がある場合にはしっかりと請求していくことが大切です。
会社に対する残業代請求をお考えの整備士の方は、グラディアトル法律事務所までお気軽にご相談ください。