「裁量労働制で働いているけれど、残業代の計算がよくわからない。未払分があるかもしれない」
このような不安を抱えていませんか。
多様な働き方の浸透とともに、裁量労働制が選択されるケースが増えています。同時に、本来受け取るべき残業代が受け取れないといった、トラブルも散見されるようになりました。
実際、2024年4月には裁量労働制の見直しが行われています。裁量労働制の導入および継続には、新たな手続きが必要となりました。
裁量労働制で働く方、その可能性のある方にとって、受け取れる残業代や未払時の対処は、知っておくべき重要な知識です。
この記事では、裁量労働制と残業代の基本的な関係から、残業代が発生する具体的なケース、さらには2024年4月の改正内容まで、わかりやすくレクチャーします。
未払い残業代を請求する流れも解説しますので、裁量労働制と関わりのある方はご一読ください。
目次
裁量労働制と残業代を理解するための前提知識
裁量労働制と残業代の関係を正しく理解するためには、基本的な概念を押さえる必要があります。簡単に解説しますので、概要を押さえておきましょう。
裁量労働制の概要
まず、裁量労働制の概要を確認しておきましょう。
裁量労働制は、業務の性質上、労働の手段や時間配分を労働者(従業員)の裁量に委ねる必要がある場合に、使用者(企業)が具体的な指示を行わずに労働させる制度です。
裁量労働制には「専門業務型」と「企画業務型」の2種類があり、それぞれ対象となる業務が法令で限定されています。
以下は厚生労働省の資料からの抜粋です。
裁量労働制の導入には、一定の要件を満たし、所定の手続きを踏む必要があります。労働基準監督署への届出も欠かせません。
企業の都合や従業員の希望だけで、誰もが裁量労働制で働けるわけではないことを、知っておきましょう。
裁量労働制で働く中で、残業代に疑問や不安を感じた場合、まずは裁量労働制の導入自体が適法に行われているかどうか、確認することが重要です。
裁量労働制は「みなし労働時間」を実労働時間とみなす
裁量労働制では、労働時間は、労使協定や労使委員会で定めた時間とみなされます。
実際の労働時間ではなく、「みなし労働時間」に基づいて労働時間が算出されるのです。
そもそも残業代とは、使用者と労働者が合意した「所定労働時間」を超えて労働した場合に、支払われる賃金です。
基本給は所定労働時間に対応する賃金となりますから、実労働時間が所定労働時間を上回った場合は、追加の賃金(残業代)を支払う必要があります。
一方、裁量労働制の場合は、「所定労働時間 – 実労働時間 = 残業時間」という考え方をせずに、あらかじめ「みなし労働時間」を決めます。
たとえば、「みなし労働時間」を1日8時間と決めた場合、実際に労働した時間が6時間でも10時間でも、8時間労働したとみなして、給与計算などが行われます。
上記の仕組みのため、「所定労働時間と実労働時間の差分」という意味での残業代は、裁量労働制にはありません。
しかしながら、上記とは別に、法的に定められた「割増賃金」があり、これらは裁量労働制でも適用されます。詳しくは以下に続きます。
裁量労働制でも適用される法的に定められた3つの割増賃金
裁量労働制だからといって、労働基準法で定められた「割増賃金」が無効になるわけではありません。
みなし労働時間のうち、法律で定められた割増賃金に該当する部分については、割増率が適用されます。
法律で定められた3種類の割増賃金
法律で定められた割増賃金は、3種類あります。
出典:東京労働局「しっかりマスター労働基準法 割増賃金編」
時間外(時間外手当・残業手当)
まず、時間外(時間外手当・残業手当)の割増賃金は、以下の条件で適用となります。
・法定労働時間(1日8時間 週40時間)を超えたとき:25%以上
・時間外労働が限度時間(1か月45時間、1年360時間等)を超えたとき:25%以上
・時間外労働が1か月60時間を超えたとき:50%以上
裁量労働制でこれらが適用されるのは、あらかじめ定めた、みなし労働時間に対してです。
たとえば、「1日のみなし労働時間=10時間」と定めた場合、2時間分の労働は、法定労働時間の1日8時間を超えますので、25%分の割増賃金が支払われます。
ここで気を付けておきたいのは、裁量労働制の導入時にみなし労働時間を決める際、実態よりも短い時間で同意してしまう危険性です。
働く方が裁量労働制で損しないようにするためには、あらかじめ実態と合うみなし労働時間で同意することが、非常に大切になってきます。
休日(休日手当)
次に、休日(休日手当)は、以下の条件で適用となります。
・法定休日(週1日)に勤務させたとき:35%以上
法定休日とは、労働基準法にて定められた、使用者が労働者に与えなければならない休日です。
「休日」は1週間に少なくとも1回、4週間に4回以上与えなければならない、と決められています。
この休日を取れずに働いた場合には、35%以上の割増賃金となります。
深夜(深夜手当)
深夜(深夜手当)は、以下の条件で適用となります。
・22時から5時までの間に勤務させたとき:25%以上
ここで、「裁量労働制なら、自分の裁量で時間配分できるのだから、深夜に働いたほうが割増賃金を多くもらえるのでは?」と考える方もいるかもしれません。
しかし、実際の労働条件は、労使協定や雇用契約により異なる場合があります。勤務先の規定を確認するようにしましょう。
裁量労働制では、時間配分を労働者の裁量に委ねる一方で、企業には、従業員の健康と安全を守る責務があります。
よって、過度な深夜労働が生じないように、
「労使協定で深夜労働の上限を設定し、それを超える場合は事前申請を義務付ける」
といった運用をしているケースも見られます。
以上、裁量労働制でも適用される割増賃金について解説しました。具体的に、残業代の金額を計算したい方は、以下の記事にて計算式をご確認ください。
実労働時間がみなし労働時間を大幅に超えた場合はどうなるか
前章でご紹介した割増賃金は、みなし労働時間に対して、適用されるものでした。
次に気になるのが、「実労働時間が、みなし労働時間を大幅に超えた場合、救済措置はないのか?」という点です。以下でポイントを確認しましょう。
- (1)裁量が確保されていなければみなし労働時間の効果は生じない
- (2)裁量労働制でも法律に反することはできない
- (3)裁量労働制は本人同意が必要で同意は撤回できる
裁量が確保されていなければみなし労働時間の効果は生じない
自分の意思に反して、長時間労働を強いられる状況であった場合、裁量労働制が有効に成立していない可能性があります。
労働条件分科会資料では、「裁量の確保」として以下が記載されています。
〈裁量労働制は、始業・終業時刻その他の時間配分の決定を労働者に委ねる制度である〉
〈労働者から時間配分の決定等に関する裁量が失われたと認められる場合には、労働時間のみなしの効果は生じないものであることに留意することが必要である〉
“時間配分の決定などに関する裁量がない状態” であれば、みなし労働時間ではなく、実労働時間で残業代支給などを行うのが適法となります。
つまり、実労働時間がみなし労働時間を大幅に超えざるを得ない状況が、自分の裁量でなければ、残業代が支給される可能性は十分にあるということです。
裁量労働制でも法律に反することはできない
裁量労働制でも、労働安全衛生法をはじめとする各種法律の規定に反することは許されません。企業には、従業員の健康と福祉を守るための措置を講じる義務があります。
2024年4月1日施行の裁量労働制の省令・告示の改正においては、この点がより明確になりました。以下の下線部分が追加されています。
出典:厚生労働省「裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です」
【時間外労働の上限規制】
月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)を限度
仮に、この上限を超える時間外労働が行われていた場合、労働基準法違反となる可能性があります。
結果として、裁量労働制の適用自体が無効となり、実際の労働時間に基づいて未払いの残業代を請求できる可能性も考えられます。
裁量労働制は本人同意が必要で同意は撤回できる
裁量労働制を適用するには、対象となる従業員本人の同意が必須となります。この同意は、いつでも撤回できます。
つまり、従業員が裁量労働制での働き方を望まなくなった場合、同意を撤回する権利が保障されているのです。
同意の撤回があった場合、企業は裁量労働制の適用を継続できません。従業員の意思を尊重し、通常の労働時間管理に切り替える必要があります。
「一度みなし労働時間に同意してしまったら、もう後戻りはできない」というのは大きな誤解です。
この点は、2024年4月1日施行の改正によって、より明確に規定されました。同意を得ること、および同意撤回の手続きを定めることが義務付けられました。
出典:厚生労働省「裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です」
現在、みなし労働時間以上の実労働を強いられている方は、そのまま我慢する必要はありません。
裁量労働制の同意を撤回し、通常の固定労働時間制で働くことで、実労働時間分の残業代を確実に請求しやすくなります。
裁量労働制における未払い残業代を請求する流れ
残業代が未払いとなっている可能性のある方は、請求する場合の流れをインプットしておきましょう。
- (1)裁量労働制の合意内容を確認する
- (2)みなし労働時間の適切性を確認する
- (3)証拠を確保する
- (4)会社と交渉する
- (5)交渉が難航した場合の対応を進める
実際に行動に移すかどうかにかかわらず、準備だけは進めておくことをおすすめします。以下で詳しく解説します。
裁量労働制の合意内容を確認する
1つめのステップは「裁量労働制の合意内容を確認する」です。
まず、自分が裁量労働制で働くことに合意した際の内容を確認しましょう。労使協定や雇用契約書など、裁量労働制の適用に関する書類を改めて見直し、合意の範囲や条件を明確にします。
たとえば、以下のような点を確認します。
・対象となる業務の範囲は適切か
・みなし労働時間の設定は妥当か
・深夜労働や休日労働の取り扱いは明記されているか
・裁量労働制の適用除外条件は定められているか
これらの合意内容と、実際の労働実態とを照らし合わせることで、未払い残業代の有無を判断する材料が得られます。
みなし労働時間の適切性を確認する
2つめのステップは「みなし労働時間の適切性を確認する」です。
裁量労働制では、実際の労働時間ではなく、みなし労働時間に基づいて賃金が支払われます。したがって、みなし労働時間の設定が不適切であれば、未払い残業代が発生する可能性があります。
具体的には、以下のような観点から、みなし労働時間の適切性を確認します。
・業務の量や質に見合ったみなし労働時間となっているか
・恒常的にみなし労働時間を超える労働が発生していないか
・労使協定で定められた手続きを経てみなし労働時間が設定されているか
たとえば、「みなし労働時間は1日8時間と設定されているが、実際は平均して10時間以上働いていた」といったケースでは、未払い残業代の請求根拠となり得ます。
証拠を確保する
3つめのステップは「証拠を確保する」です。
未払い残業代の請求にあたっては、自分の主張を裏付ける証拠が重要となります。請求の正当性を示すため、以下のような証拠を可能な限り確保しておきましょう。
・出退勤記録やタイムカード
・業務日報や作業履歴
・パソコンのログイン・ログアウト記録
・業務関連のメールやチャット
・労働時間に関する上司とのやりとり記録
たとえば、
「業務日報には毎日10時間以上の労働時間が記録されている」
「深夜や休日のメール記録が残っている」
といった証拠は、みなし労働時間を超える労働の実態を示すものとして有効です。
会社と交渉する
4つめのステップは「会社と交渉する」です。
証拠を整えたうえで、会社に対して未払い残業代の支払いを求めていきます。まずは、上司や人事担当者に事情を説明し、対応を求めましょう。
交渉の際は、以下のポイントを押さえておくとよいでしょう。
・証拠資料を用いて客観的に主張する
・労働実態とみなし労働時間のギャップを具体的に説明する
・裁量の範囲を超えた業務指示があったことを伝える
・今後の労働条件の改善についても併せて要望する
前述のとおり、裁量労働制は本人同意が必要で、同意は撤回できます。
交渉が難航した場合の対応を進める
5つめのステップは「交渉が難航した場合の対応を進める」です。
会社との交渉が難航し解決に至らない場合は、以下のような外部機関の利用も視野に入れましょう。
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・労働基準監督署への相談:不適切な裁量労働制の適用があれば、労働基準監督署に通告し、是正勧告を求めることができます。全国の労働基準監督署は 全国労働基準監督署の所在案内 にて確認できます。
・弁護士への相談:未払い残業代の請求に強い弁護士に相談することで、法的な観点からアドバイスを得られます。必要に応じて、法的手続きを代理してもらうことも可能です。
・労働審判の申立て:裁判所に労働審判の申立てを行うことで、未払い残業代の支払いを求められます。手続きは通常の民事訴訟よりも簡単です。
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とくに、裁量労働制に関連した労働問題については、専門的な知識を持つ弁護士に相談することを強くおすすめします。その理由は以下の通りです。
【裁量労働制の問題は弁護士に相談すべき理由】
・裁量労働制の適用には複雑な要件があり、適切に運用されているかどうかの判断には、専門的な知見が必要です。
・みなし労働時間の適切性を評価するには、業務の実態を詳細に分析する必要があり、これにも専門的な知見が必要です。
・裁量労働制に関する法改正の内容や、最新の判例動向を踏まえた戦略的な対応が求められます。
・会社との交渉や、法的手続きの進め方についても、経験豊富な弁護士のサポートがあれば、より有利に進められます。
まずは、初回の無料相談を利用して、個別の状況を弁護士に相談し、未払い賃金を請求できる可能性や交渉の見通しについて、尋ねてみるとよいでしょう。
当事務所(グラディアトル法律事務所)は労働問題に精通しており、ご相談件数としても最も多いのは残業代請求です。詳しくはこちらの労働問題のページ にて、ご確認ください。
補足:未払い賃金の時効は3年
補足として、未払い残業代を含む未払い賃金の請求権は、時効にかかると消滅してしまいますので注意が必要です。
民法の改正により2020年4月1日以降は、未払い賃金の時効期間が2年から「5年」に延長されました(ただし当分の間は経過措置として3年)。
現在の未払賃金の時効は3年です。
出典:厚生労働省「未払賃金が請求できる期間などが延長されています」
時効期間を見誤ると、せっかくの請求権を失ってしまうことになりかねません。請求の時期については、弁護士などの専門家に相談しながら、慎重かつ迅速に判断することをおすすめします。
残業代請求の時効についての詳細は、以下の記事もご参照ください。
まとめ
本記事では「裁量労働制と残業代」をテーマに解説しました。要点をまとめておきましょう。
まず基礎知識として以下を押さえておきましょう。
・裁量労働制では時間配分などが労働者の裁量に委ねられる
・「みなし労働時間」を実労働時間とみなす
・裁量労働制でも時間外・休日・深夜の割増賃金が適用される
実労働時間がみなし労働時間を大幅に超えた場合のポイントは以下のとおりです。
- (1)裁量が確保されていなければみなし労働時間の効果は生じない
- (2)裁量労働制でも法律に反することはできない
- (3)裁量労働制は本人同意が必要で同意は撤回できる
裁量労働制における未払い残業代を請求する流れとして、以下をご紹介しました。
- (1)裁量労働制の合意内容を確認する
- (2)みなし労働時間の適切性を確認する
- (3)証拠を確保する
- (4)会社と交渉する
- (5)交渉が難航した場合の対応を進める
裁量労働制は、労働者の裁量を尊重した働き方である一方、使用者側の適切な運用が求められる制度でもあります。
従業員の立場からは、自身の権利をしっかりと認識し、必要に応じて行動を起こしていくことが重要といえるでしょう。