「営業時間外のカットやスタイリングの練習時間は残業代の対象?」
「新人のうちは残業代が出ないと言われたけど本当なの?」
「美容師でも残業代請求ができるケースを知りたい」
美容師は、営業時間外にカットやスタイリングなどの練習を行っているため、労働時間の長い職業といわれています。このような練習時間は、早く技術を身につけて一人前になるためには必要不可欠な時間ですが、使用者から残業代が支払われていないケースが多く、残業代に関するトラブルもよく発生しています。
美容師でも残業代を請求することは可能ですので、よくある違法な残業代不払いの手口を理解して、しっかりと争っていくことが大切です。
本記事では、
・美容師によくあるサービス残業の例
・美容室による違法な残業代不払いの5つの手口
・美容師が残業代請求をするために必要なこと
などについてわかりやすく解説します。
残業代請求には時効がありますので、未払い残業代があることが判明した場合は、早めに弁護士に相談するようにしましょう。
目次
残業代を請求できる可能性あり!美容師によくあるサービス残業の例
美容室では、サービス残業により残業代が支払われないことが多いです。しかし、サービス残業も残業代が支払われる労働時間にあたりますので、残業代不払いは違法となります。
以下では、美容師によくあるサービス残業の例を紹介します。
【ケース1】カットやスタイリングの練習時間・レッスン時間
多くの美容師は、営業時間外にカットやスタイリングの練習をしたり、先輩美容師からレッスンを受けるなどして自身の技術を磨いていきます。このような練習時間やレッスン時間は、当たり前のように無給で行われていますが、実際には、残業代の支払いが必要な労働時間に該当する可能性があります。
たとえば、使用者から営業時間後のカットやスタイリングの練習を命じられている場合には、労働時間に該当し、残業代を請求することができます。また、このような明示的な指示がなかったとしても、以下のような事情があれば黙示の指示があるといえ、残業代を請求することができます。
・カットやスタイリングの練習をしなければ施術を担当できない
・「新人は居残り練習をするのが当然」という慣習がある
・練習をしないと嫌がらせを受ける
・練習に参加しないと給料が上がらない
【ケース2】開店前の準備や閉店後の清掃
美容師は、開店前に準備を行ったり、閉店後に清掃をしなければならないなど、通常の営業時間外にもさまざま業務を行わなければなりません。美容室の経営者の中には、「労働時間=営業時間」という誤った考えを持つ人もいて、開店前の準備や閉店後の清掃時間は、残業代の支払い対象外としているところもあります。
しかし、これらの業務は美容室の営業を行うために必要不可欠なものといえますので、経営者から明示的な指示がなかったとしても、労働時間に該当し、残業代を請求することができます。
【ケース3】休憩時間中の接客対応
労働基準法では、労働時間に応じて以下のような休憩時間を与えることが義務付けられています。
・労働時間が6時間から8時間まで……45分以上の休憩
・労働時間が8時間を超える……1時間以上の休憩
美容師のような接客業では、顧客対応を優先することが多いため、まとまった休憩時間をとることが難しいことがあります。また、休憩中でも来客や電話があれば対応しなければならないこともあります。
しかし、休憩時間は、労働から完全に解放されている時間をいいますので、来客や電話対応を指示されている場合には、休憩ではなく労働時間にあたりますので、その時間も含めて残業代を請求することができます。
なお、労働時間と休憩時間のルールについての詳細は、以下の記事をご参照ください。
【ケース4】閉店後の予約管理業務や商品発注時間
美容室の予約方法は、電話、LINE、インターネットなど多岐にわたりますので、美容師は予約の重複がないようにしっかりと管理していかなければなりません。また、美容室で使用するシャンプー、コンディショナー、パーマ液、カラーリング剤などの管理発注も美容師の仕事の一部です。
通常の営業時間内は、接客業務で忙しいため、このような予約管理業務や商品発注業務は、閉店後に行うことが多く、サービス残業扱いになっているケースも少なくありません。しかし、このような業務時間も労働時間に含まれますので、残業代を請求することができます。
美容室による違法な残業代不払いの4つの手口
上記のようなサービス残業以外にも残業代未払いに関する美容師特有の問題があります。以下では、美容師によくある違法な残業代不払いの5つの手口を紹介します。
見習い期間中を理由とする残業代の不払い
美容師は、一般的にアシスタントという立場からキャリアがスタートし、一定の技術や経験を身につけるとスタイリストにステップアップしていきます。アシスタントは、1人で施術を担当することができず、スタイリストのサポートや美容室の雑務が中心となりますので、美容室によっては見習い期間を理由として残業代が支払われないこともあります。
しかし、見習い期間中の美容師であっても労働者であることには変わりありませんので、残業をすれば、残業時間に応じた残業代を請求することが可能です。
固定残業代を理由とする残業代の不払い
固定残業代とは、あらかじめ一定時間分の残業代を毎月の給料に含めて支払う制度です。固定残業代制度が導入されている美容室では、一定時間分の残業代については、既に固定残業代として支払い済みですので、あらためて残業代を請求することはできません。
しかし、固定残業代として想定されている残業時間を超えて働いた場合には、固定残業代とは別途、残業代を請求することが可能です。固定残業代以外に一切残業代が支払われないという場合には、固定残業代制度の違法な運用をしている可能性がありますので注意が必要です。
なお、みなし残業代(固定残業代)制度でも残業代請求ができるケースについての詳細は、以下の記事をご参照ください。
店長が管理職であることを理由とする残業代の不払い
美容室の雇われ店長は、「店長」という立場を理由に残業代が支払われないことがあります。しかし、店長だからといって常に残業代の支払いが不要になるわけではありません。
労働基準法では、経営者と一体的な立場にある労働者のことを「管理監督者」と規定し、労働時間、休憩、休日に関する労働基準法の規定の適用外としています。そのため、労働基準法上の管理監督者にあたる場合には、残業代の支払いが不要となります。
「監理監督者」という文言から誤解されやすいですが、「管理監督者=管理職」ではありません。管理監督者に該当するかどうかは、労働者に与えられた肩書ではなく、経営者と一体的な立場にあるかどうかという実態に即して判断することになります。
一般的な美容室の雇われ店長は、労働時間を管理されており、従業員の採用・解雇の権限がなく、待遇も一般的な美容師とほとんど変わりませんので、管理監督者に該当しないケースが多いといえるでしょう。
なお、管理職の残業代・管理監督者該当性の詳細は、以下の記事もご参照ください。
面貸しを理由とする残業代の不払い
美容師特有の働き方として、「面貸し(ミラーレンタル)」というものがあります。これは、他人が経営する美容室の設備や一部のスペースを借りて、美容室を営むことをいいます。面貸しにより得た売り上げの一部は、当該美容室の経営者に支払い、残った売り上げが美容師本人の利益となります。
このような面貸しは、雇用契約ではなく、業務委託契約に該当しますので、基本的には美容室の経営者に対して残業代を請求することはできません。
しかし、面貸しという形式をとっているものの、労働時間が決まっていたり、業務内容について細かく指示を受けているような場合には、実態は雇用契約だと判断され、例外的に残業代請求が可能な場合もあります。
美容師が残業代請求をするために必要なこと
残業代請求をお考えの美容師の方は、以下のようなポイントを押さえて行動するようにしましょう。
残業に関する証拠を集める
美容室の経営者に対して、残業代請求をするためには、美容師の側で残業に関する証拠を集めなければなりません。残業に関する証拠がない状態で請求をしても、残業代を支払ってもらうことができず、裁判になっても請求が認められることはありません。
そのため、まずは残業に関する証拠を集めることが重要です。
一般的な会社員であればタイムカードが残業に関する有力な証拠となりますが、個人経営の美容室で雇われている美容師の多くは、タイムカードにより勤怠管理がなされていません。そのため、以下のような証拠を組み合わせて、残業時間を立証していく必要があります。
- 売上伝票
- 予約管理票
- 顧客からの指名履歴
- ポータルサイトの予約履歴
なお、残業代請求に有効な証拠についての詳細は、以下の記事をご参照ください。
残業代を計算する
残業に関する証拠が集まったら、未払い残業代を計算します。未払い残業代の計算は、以下のような計算式に基づいて行います。
1時間あたりの基礎賃金×割増賃金率×残業時間
月給制の労働者の場合、1時間あたりの基礎賃金は、月給を基準として以下のように計算します。
1時間あたりの基礎賃金=月給÷1か月の平均所定労働時間
1か月の平均所定労働時間=(365日-1年間の所定休日日数)×1日の所定労働時間÷12か月
上記の月給には以下のような手当は含まれませんので注意が必要です。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住居手当
- 臨時に支払われた手当
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
また、「割増賃金率」は、残業時間に応じて、以下のように定められています。
・時間外労働……25%以上
・深夜労働(午後10時から翌午前5時まで)……25%以上
・休日労働……35%以上
・月60時間を超える時間外労働……50%以上
このように残業代の計算は、非常に複雑な計算となりますので、正確に残業代を計算するには専門家である弁護士に任せるのが安心です。
なお、残業代計算方法の詳細は、以下の記事もご参照ください。
時効になる前に残業代を請求する
残業代請求には、時効がありますので、時効期間が経過する前に残業代請求を行わなければなりません。残業代の時効期間は、残業代の発生時期に応じて以下のように定められています。
・2020年3月31日以前に発生した残業代……時効期間は2年
・2020年4月1日以降に発生した残業代……時効期間は3年
残業代の時効が迫っている場合には、内容証明郵便を利用して未払い残業代を請求することで、6か月間時効の完成を猶予することができます。その間に、労働審判の申立てや訴訟提起の準備を進めることができますので、時効が迫っているときは早めに弁護士に相談するようにしましょう。
なお、残業代請求の時効と時効を阻止する方法についての詳細は、以下の記事もご参照ください。
美容師の未払い残業代請求が認められた裁判例
以下では、美容師の未払い残業代請求が認められた裁判例を紹介します。
美容師の練習時間と休憩時間が争点となった事例|東京地判令和2年9月17日
【事案の概要】
美容師として被告により雇用されていた原告が被告に対して、時間外労働などを理由とする未払い残業代の支払いを求めた事案です。
この事案では、①練習会の労働時間該当性、②休憩時間の労働時間該当性が争点となりました。
【裁判所の判断】
①練習会の労働時間該当性
裁判所は、以下のような理由から本件練習会は、自主的な自己研鑽の場という側面が強いとして労働時間該当性を否定しました。
・アシスタントである従業員が練習会への参加を余儀なくされていたとはいえない
・練習会に参加する従業員は、各自でカットモデルを調達していた
・練習会に参加した従業員は、カットモデルから個人的な報酬を受け取ることができた
②休憩時間の労働時間該当性
被告は、原告の勤務日のうち来客がない時間帯の大部分は休憩時間にあたる旨を主張しました。しかし、裁判所は、以下のような理由から来客がない時間帯も労働からの解放が保障されていなかったとして、被告の主張を排斥し、1勤務日あたりの休憩時間は、平均して30分だったと認めました。
・美容室では完全予約制が採用されていた者の当日予約も受け付けていた
・来客の有無にかかわらず、営業終了まで継続して開店していた
・営業時間中は客からの予約の電話などがあり得る状態であった
美容師の労働者性と開店前・閉店後作業時間が争点となった事例|大阪地判令和2年5月22日
【事案の概要】
美容師であった亡き夫の妻が美容室の経営者である被告に対して、時間外労働などを理由とする未払い残業代の支払いを求めた事案です。
この事案では、①美容師の労働者性、②開店前と閉店後の作業の労働時間該当性が争点となりました。
【裁判所の判断】
①美容師の労働者性
被告は、原告の夫との雇用契約を終了させる合意をし、業務委託契約に切り替えたことを理由に残業代の支払いは不要であると主張しました。
しかし、裁判所は、以下のような理由から原告の夫と被告との間には雇用契約が存在していたものと認定しました。
・被告は、原告の夫から営業内容の詳細についての報告を受けおり、被告が営業主体であったといえる
・被告は、原告の夫を雇用していた外観を呈する給与支払報告書を作成していた
・原告の夫の雇用保険に係る被保険者資格が継続されていた
②開店前と閉店後の作業の労働時間該当性
店舗の開店時間は、午前9時であったものの、開店準備に要する時間、他の従業員の労務管理業務、被告に営業内容を報告するための資料作成などの業務を行うために相応の時間を要していました。そのため、原告の夫の始業時刻は、店舗の開店時刻ではなく、原告主張の始業時刻が基準になると認定されました。
しかし、原告の夫が閉店後の業務の手伝いをしていたことを裏付ける客観的証拠がないことを理由に、原告の夫の終業時刻は、店舗の営業終了時刻である午後6時と認定されました。
美容師残業代判例(労働者性)東京地判平成28年10月6日
【事案の概要】
それぞれ独立した美容室を経営していた原告とAが共同して会社(被告)を設立して、新たな美容室を開業しました。原告は、被告会社から月額57万円の給与を受け取っていましたが、その後、経営不振を理由に給与が月額22万円に減額されてしまいました。
原告は、被告会社による一方的な賃金減額は違法であるとして、差額分の賃金の支払いを求めた事案です。
この事案では、共同経営者である原告が労働者に該当するかが争点になりました。
【裁判所の判断】
裁判所は、以下のような理由から原告は、労働者に該当すると判断しました。
・原告が勤務時間や場所などについて、これらを自由に決定できる状況になかった
・自身を指名予約する顧客の有無にかかわらず、概ね週5、6日程度出勤して美容師として稼働していた
・会計上、給与(賃金)名目で月額報酬を支給され、雇用保険に加入していた
・取締役または代表取締役としての就任登記がされていない
なお、裁判所は、代表取締役の地位に実質的にあるような特段の事情が認められる場合には、例外的に労働者性が否定されることもあるとしましたが、本件ではそのような事情を見出すことができないとしています。
美容師の面貸しが争点となった事例|東京地判平成28年4月19日
【事案の概要】
原告は、被告が経営する美容室で美容師として働いていたところ、実際に支給された給料は、最低賃金に満たないものであったことから、最低賃金との差額分を未払い賃金として請求した事案です。
この事案では、原告と被告との間の関係が雇用契約ではなく面貸しにあたるかどうかが争点となりました。
【裁判所の判断】
裁判所は、以下のような理由から、面貸しの契約ではなく、雇用契約であったと認定しました。
・歩合給の定めが非常に曖昧であり、このような約定で面貸し契約を締結するとは考え難い
・わずか10日程度で面貸し契約から雇用契約に切り替えたというのも理解しがたい
・被告が主張するほど原告が低水準の技術しか備えていなかったと認めるには疑問がある
残業代請求をお考えの美容師の方はグラディアトル法律事務所にご相談ください
美容師の残業代や労働時間に関しては、カットやスタイリングの練習時間、開店前・閉店後の業務、面貸し契約などさまざまな問題がありますので、法的知識や経験がなければ適切にトラブルを解決することはできません。今回紹介したような違法な手口により残業代が未払いとなっている方は、弁護士のサポートが必要になりますので、まずはグラディアトル法律事務所までご相談ください。
当事務所では、さまざまな業種の残業代請求事案を解決に導いた豊富な実績と経験がありますので、美容師の方の残業代のトラブルも適切に解決することが可能です。残業代請求には時効がありますので、早めに相談するようにしましょう。
まとめ
個人経営の美容室で雇われる美容師が多いため、多くの美容師は、労働時間の管理が曖昧で、きちんと残業代が支払われていないことがあります。カットやスタイリングの練習時間や営業時間外の清掃業務など労働時間とされていない時間でも実は残業代を請求できる可能性もあります。
美容室の経営者に対して残業代請求が可能であるかは、具体的な状況を踏まえて判断する必要がありますので、まずは、グラディアトル法律事務所までお気軽にご相談ください。