残業代計算方法・割増賃金等について〜YouTuber“社畜 so sweet”さんの未払残業代はいくら?

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弁護士 若林翔
2020年10月10日更新

急上昇入りYouTuber “社畜 so sweet” さん。社畜氏が、本来もらえたはずの残業代はいくらなのか?

残業代の基本ルール計算方法三六協定労働基準法の労働時間の上限規制割増賃金、残業代を請求する際に必要な証拠等について解説する。

先日、社畜so sweetさんというYouTuberがUPした動画が、YouTubeの急上昇にランクインした。

社畜氏は、月の残業時間200時間という、かなりハード目なブラック企業に勤めている会社員の方だ。

動画では、社畜氏の1日のスケジュールや月の残業時間を紹介したでうえで、実際の社畜氏の今年の6月分の給与明細とほぼ同じものを晒して注目を集めた。

本日のコラムでは、そんな社畜氏の動画を踏まえて、労働基準法(以下、労基法という)による労働時間の上限規制、割増賃金の規定、社畜氏が本来もらえたはずの残業代はいくらなのかと言った点に加え、実際に未払いの残業代を請求する上で重要となる証拠などについても解説していきたいと思う。

以下の動画では、本稿の内容をかいつまんで解説しているので参照されたい。

労働時間の上限規制

労基法32条は、法定労働時間について以下のように定めている。

32条1項 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
2項 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

引用|労働基準法より一部抜粋

すなわち、労基法上は、原則として、1日8時間、週40時間以上働かせてはならないとされているのだ。
もっとも、現実は、ほとんどの会社の会社員が、1日8時間以上、週40時間以上働いている。

一見すると、ほとんどの会社が労基法を無視しているかのように見える。
もっとも、そういうわけではない。
労基法は上記の原則の例外の途を用意しているのだ。

それが、俗に言う「三六(サブロク)協定」だ。
労基法36条に規定された制度だから三六協定という、そのまんまの名前がつけられている。

労基法36条1項は以下のように規定している。

第三十六条 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによって労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。

すなわち、使用者が労働者の過半数を代表する組合または個人と、労使協定を結ぶことで労基法32条の1日8時間週40時間という縛りを超えて、労働者を働かせることができるようになるのだ。

では、三六協定を結びさえすれば、労働者を何時間働かせても違法とならないのか。

答えはNOだ。
法律上の上限は存在する。
もっとも、実は、数年前まで実質的には、上限の規制はなかった。

法改正により、法律上の時間外労働、休日労働の上限がはっきりと明示された。
その上限に関する規定が36条3項以下の規定だ。

36条3項 前項第四号の労働時間を延長して労働させることができる時間は、当該事業場の業務量、時間外労働の動向その他の事情を考慮して通常予見される時間外労働の範囲内において、限度時間を超えない時間に限る。

4項 前項の限度時間は、一箇月について四十五時間及び一年について三百六十時間(第三十二条の四第一項第二号の対象期間して三箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあっては、一箇月について四十二時間及び一年について三百二十時間)とする。

5項 第一項の協定においては、第二項各号に掲げるもののほか、当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第三項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合において、一箇月について労働時間を延長して労働させ、及び休日において労働させることができる時間(第二項第四号に関して協定した時間を含め百時間未満の範囲内に限る。)並びに一年について労働時間を延長して労働させることができる時間(同号に関して協定した時間を含め七百二十時間を超えない範囲内に限る。)を定めることができる。この場合において、第一項の協定に、併せて第二項第二号の対象期間において労働時間を延長して労働させる時間が一箇月について四十五時間(第三十二条の四第一項第二号の対象期間として三箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあっては、一箇月について四十二時間)を超えることができる月数(一年について六箇月以内に限る。)を定めなければならない。

6項 使用者は、第一項の協定で定めるところによって労働時間を延長して労働させ、又は休日において労働させる場合であても、次の各号に掲げる時間について、当該各号に定める要件を満たすものとしなければならない。
坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務について、一日について労働時間を延長して労働させた時間 二時間を超えないこと。

一 坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務について、一日について労働時間を延長して労働させた時間 二時間を超えないこと。
二 一箇月について労働時間を延長して労働させ、及び休日において労働させた時間 百時間未満であること。
三 対象期間の初日から一箇月ごとに区分した各期間に当該各期間の直前の一箇月
二箇月、三箇月、四箇月及び五箇月の期間を加えたそれぞれの期間における労働時間を延長して労働させ、及び休日において労働させた時間の一箇月当たりの平均時間 八十時間を超えないこと。

ずいぶんと読みづらい条文だが、簡単にまとめると以下のようになる。

原則 1ヶ月の時間外労働45時間まで
(労基法36条3項4項)

例外 (労基法36条5項6項)
複数月の時間外労働 平均80時間以内
休日労働含めて 月100時間未満
年 720時間以内

上記の上限を超えて労働者を働かせた場合、罰則として「6カ月以下の懲役」または「30万円以下の罰金」が科される恐れがある。(労基法119条)

ちなみに、社畜氏は1ヶ月に200時間を超える残業をしていたが、これはもちろん、労基法の上限規制を超えており、違法である。
もっとも、社畜氏の会社では、おそらく違法であることを認識していたのだろうが、60時間を超える部分はタイムカードを切らせないようにしていた。

よって、タイムカード上は上記の上限をギリギリ守っているかのように見せかけられていたのである。

労基法上の割増賃金

労基法では、上記で説明した、1日8時間週40時間の法定労働時間を超える労働に対する賃金は、通常の賃金より割増しした上で支給しなければならないこととされている。

これは、会社に割増賃金を支払う義務を負わせることを通じて、労働者を長時間働かせることに対する心理的抑制を働かせるという趣旨に基づく規制だ。

そして、その割増の率は、働かせる時間、日、時間帯によって異なる。
その率に関して定めた規定は、以下の通りである。

三十七条 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
2項 前項の政令は、労働者の福祉、時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
・・・
4項 使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

以上の規定を表にまとめると以下のようになる。
なお、社畜氏の基本給と所定労働時間をもとに計算すると、割増賃金計算の単価となる1時間あたりの社畜氏の給料は1,500円である。
その値段を元に社畜氏本人の割増賃金を計算すると表の右の欄のようになる。

割り増し率社畜氏のケース
(時給換算)
時間外労働
(労基法37条1項2項)
125%1,875円
深夜時間外労働
(同条4項)
150%2,250円
月60時間超時間外労働
(同条1項2項)
150%2,250円
深夜月60時間超時間外労働
(同条4項)
175%2,625円
法定休日労働
(同条1項2項)
135%2,025円
深夜法定休日労働
(同条4項)
160%2,400円

社畜氏がもらえたはずの残業代、本当はいくら?

社畜氏は、上述のように、会社に言われて、タイムカードを60時間以内に収めるように切っていた。
そのため、社畜氏は実際の残業時間が200時間を超えていたにもかかわらず、60時間分の残業代しかもらっていなかったのだ。
その偽りの”残業手当”として、社畜氏は、6月分は115,487円を支給されていた。

では、社畜氏が実際にした残業時間に従った、本来もらえたはずの残業代はいくらだったのだろうか。
まず、社畜氏が6月にした、法定外労働時間の総合時間を計算する。

社畜氏の大体の1日の出退勤時間のスケジュールは以下のようなものであったようだ。

7:00 出社

8:00 出勤打刻

休憩1H

20:00 退勤打刻

24:00 退社

労働時間1日16時間

また、月の休みは2日程度しかなかったそうである。

仮に、社畜氏が6月のうち2日を除く28日間、上記のスケジュールで働いていた場合、社畜氏の時間外労働、休日労働を合わせた法定外労働時間は、240時間(時間外労働208時間+休日労働32時間)となる。

社畜氏の法定外労働時間と割増賃金をもとに、社畜氏が今年の6月に実際にもらえたはずの残業代について計算してみた。

その結果がこれだ↓

時間外労働分 517,500円

法定休日労働分 64,800円

深夜時間労働分 21,000円

全部で、実に603,300円だ。

一方、社畜氏が”残業手当“という名目で受け取っていた額は115,487円であった。
すなわち社畜氏は差額487,813円もの残業代をまだ受け取っていないということになる。

社畜氏は入社して4年目の社員らしい。

未払い賃金は2年で時効にかかり(労基法115条)請求できなくなるが、社畜氏も2年分についてはまだ未払いの残業代を請求する権利がある。

仮に上記で計算した、今年の6月分と同額の未払いの残業代が、2年間発生していたとしたら、その合計はなんと

11,707,512円!!!

にものぼる。

 

残業代を請求するには、この証拠を集めろ!

現代社会においては、社畜氏のように、本来支払われるべき残業代がもらえていない会社員は決して少なくない。

もしも、この記事を読んでいるあなたやあなたの友達でちゃんと残業代が支払われているか不安に思った場合、時効にかかって請求できる額が減ってしまうのを防ぐために、なるべく早く、弁護士に相談するなどの手段を講じることをお勧めする。

そして、弁護士に相談することと併行してやっておかなければならないことがある。
それが、残業をしていたことを証明する証拠を集めることだ。

残業を「〇〇時間した!」と口でいったところでそれを示す証拠がなければ裁判上残業代を請求することはできない。

ではどんなものが残業をしていた証拠となるのか?以下では、主要な証拠を4つ紹介していく。

①タイムカード

まず、何より一番大事な証拠はタイムカードだ。

社畜氏のようにタイムカードを実際の残業時間よりも前に切らされてしまっていた場合も少なくないが、タイムカードに入力されているにもかかわらず、まだ支払われていない分の残業代は、請求できるとみてほぼ間違いない。

②アプリなどによる出退勤時間の記録

タイムカードを会社に言われて早めに切らされているような場合、自衛の手段としてアプリなどによる記録をすることも大事だ。

最近では、そのような、労働時間を自分で管理して記録しておくためのアプリが数多くある。
無料でインストールができるものも多いため、念のため入れておいてもいいかもしれない。

自分で記載するものなので、タイムカードに比べると証拠価値は劣るが、証拠として用いることは十分可能だ。

③残業中のメールやFAXの送信履歴、写真

実際に業務をしていたことの証拠として、残業中に取引先に送ったFAXやメール、上司からの業務命令のメールなどの送受信履歴、残業中に商品や書類を撮った写真の履歴なども証拠として用いることができる。

出社時と退勤時に、会社にいることとその時間が分かる写真を取っておくのがよい。

会社で使用しているパソコンの画面の写真などが好ましい。

④定期券の記録

PASMOやSUICAなどの交通系ICカードによる、会社最寄り駅の改札の出入時間の記録もそれに近い時間まで残業をしていたことを推定する証拠となる。

以上に挙げたものの他にも証拠となりうるものは存在する。
また、これらの証拠は多ければ多いほど、残業していたことの証明を容易にするものである。
少しでも、残業代に関して不安に思うことがあれば、日頃から上記のような証拠を残しておくことが大切だ。

終わりに

上記に説明したように、労基法の改正により、従来と異なり、残業時間の上限が定められた。

これによって、一部の会社では、その上限規制に反しないように、労働者にタイムカードを実際の労働時間よりも前に切らせるなど、かえって労働者を害する結果を引き起こしてしまっている。

社畜氏も同様の被害にあっており、動画でも法改正は労働者のためになっていない旨指摘されていた。
もっとも、労基法は労働者を保護することを目的として改正されたものである。

そして、今まで実質的に上限がなかった残業時間に上限を設けたことは、労働者保護のための大きな一歩であることは間違いない。

この法規制を実効化するためには、使用者側が法規制を把握した上で、それらを遵守することが欠かせない。
もっとも、悲しいことに法規制を守らない使用者が数多くいるのも事実だ。

だからこそ、社畜氏のような、会社が法律を守らないことによって被害を受けている労働者の方々が、きちんと法律に則って会社に責任追及することが大事だ。

今は、法改正直後のいわば過渡期である。

労働者の方々一人一人が声を上げることで、時代の大きな潮流となり、それによって、はじめて本当の意味での”法改正”が実現できるのであろう。

弁護士 若林翔

弁護士法人グラディアトル法律事務所代表弁護士。 東京弁護士会所属(登録番号:50133) 男女トラブルや詐欺、消費者被害、誹謗中傷など多岐にわたる分野を手掛けるとともに、顧問弁護士として風俗やキャバクラ、ホストクラブなど、ナイトビジネスの健全化に助力している。

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