未払いの残業代で300万円を勝ち取った事例【神奈川県】

弁護士 若林翔
2019年11月30日更新

今回紹介するのは神奈川県在住の食料品の加工会社に勤務していた男性が,2年分の未払賃金残業代深夜割増)を求める労働審判をおこし,300万円を勝ち取った事例。

残業代や深夜割増分がかなりの額になっていたため300万円という比較的高額な金額で和解できた事案だ。

残業代を請求するに至った経緯

相談者は神奈川在住の50代の男性。20年以上同じ食料品加工会社に勤めており,勤務態度も至って真面目だった。

スーパーなどに生鮮食品をメインとした商品を卸していた会社であり,鮮度の高い商品を消費者に届けたいという思いから,早朝の市場に合わせたシフトで出社して加工の一端を担う業務を担当。管理職ではないものの毎月30万円以上を貰っていた。

業務内容としては,主に事業場内での食品加工ではあったが,スーパーなどに卸すために事業場外での配送業務なども担っていた。

割合としては,加工7配送3くらいだろうか。

通常の会社であれば出社時間は9時前後だとは思うが,この会社の特性上それよりももっと早い3時〜5時くらいには出社していた。
勤務が終わるのは15時過ぎのため,多いときで1日12時間も働いていた。

相談者は早朝に働いていたこともあり法定労働時間を超える残業代に加えて,深夜割増も請求できる形だ。
深夜割増に関しては,夜の10時から朝の5時までは,基本給を法定労働時間で割った金額を1.25倍〜することで計算できる。

法定労働時間についてもっと詳しく知りたい方はこちらから。

(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
第三十七条 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
○2 略
○3 略
○4 使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
○5 第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。

引用|労働基準法

今回の件では,勤怠管理がタイムカードでしっかりと行われていたために時間外労働に相談者が費やした時間の計算に根拠があったが,タイムカードでの勤怠管理がされていないような会社(サービス残業含む)の場合には,自発的に勤怠した時間の証拠を残すことが必要になってくる。

なぜ,勤続20年以上にもなる相談者が未払いの残業代を請求するに至ったのかといえば,その会社を退社して別の会社に移ることがきっかけになった。
会社を退職してから残業代を請求すれば,社内での人間関係がこじれて心労が増えることもなく良い面もあるのだが,退職後の残業代請求の負の側面としては,証拠の確保がしづらいことだ。

在職中であれば,タイムカードはもちろんのこと,就業規則や賃金規定など会社に保管義務がある書類の閲覧なども容易になることが多い。
もちろんその書類を会社や管理者に無断で持ち出したりした場合には,窃盗罪(刑法235条)や横領罪(同252条)に該当する可能性もあるので気をつけて欲しい。

特に大企業等であれば,総務部や人事部などが法律に則って保管しているであろうし,閲覧も請求しやすい。
中小企業の場合には,狭いオフィスだと社長や管理責任者等との距離が物理的・精神的に近いことが多く,意図しないパワハラなどを受けるおそれもある。

退職をきっかけに残業代を請求したいと思った相談者は,労働問題に強い弁護士を探していく中で当事務所を見つけてくれた。

残業代請求までの流れ

残業代に関する法律相談は当事務所では無料相談として扱っているため,相談者から電話をもらってすぐに弁護士との面談が設定された。

残業代請求では証拠が何よりも重要になってくるため,当日来所してもらう際にはタイムカード雇用条件通知書,給与明細などの書類一式を持参してもらった。

書類を見た弁護士は,相談者が持参した資料に一通り目を通して「証拠保全がしっかりとなされているし,客観的にも残業代請求をするさいの要件は満たしている」と感じ,相談者に手続きの流れや費用感等を説明したうえで,会社に対する請求の代理業務を受任した。

当法律事務所では,証拠状況等がしっかりと残っている残業代請求事案では,労働審判まで着手金無料での対応が可能だ。

内容としては,

・最初は任意交渉として,弁護士から会社側に内容証明を送ること
交渉が決裂した場合には労働審判手続きに進むこと
・任意交渉の期間は1ヶ月〜3ヶ月ほど,労働審判となるとこれに加えて3〜6ヶ月程度かかることが多い
・交渉・労働審判段階では,頑なに全額請求を固辞するよりも和解した方が決着は早いこと

といった点が残業代請求でのポイントとなる。

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残業代請求と労働審判

受任した担当弁護士は,早速残業代の計算にとりかかる。
今回はタイムカードを証拠として預かっているため,それを基にエクセルの専用フォーマットに入力していくのだ。

計算が終わると,その証拠を基に算出した未払い賃金を確定させて相手の会社に内容証明を送る。もちろん送る前には依頼者の確認を行っている。

確認が終わり,弁護士が内容証明を送付したはいいものの,相手からの連絡はなし。
内容証明というのは法律的には,「催告」(民法153条)にあたる。「催告」というのはあくまで未払い賃金を時効消滅させないためのものであるため,6ヶ月以内に「裁判上の請求」(民法149条)などを行わないと時効消滅により請求ができなくなってしまう。

(催告)
第百五十三条 催告は、六箇月以内に、裁判上の請求、支払督促の申立て、和解の申立て、民事調停法若しくは家事事件手続法による調停の申立て、破産手続参加、再生手続参加、更生手続参加、差押え、仮差押え又は仮処分をしなければ、時効の中断の効力を生じない。

(裁判上の請求)
第百四十九条 裁判上の請求は、訴えの却下又は取下げの場合には、時効の中断の効力を生じない。

引用|改正前民法

男性は長年同じ会社に勤めていたため,本来ならばその期間に未払いだった残業代や深夜割増についても請求したいところだったが,未払い賃金については2年で時効により消滅してしまうため,2年分のみの請求にとどまった。

民法の規定では,労働契約に基づく賃金支払請求権は「債権」として時効によって消滅するまで10年となりそうにも思えるが,労働基準法115条により,賃金は「2年」,退職金は「5年」で時効により消滅することになる点に注意してほしい。
残業代や退職金を請求するなら早いに越したことはない。

(時効)
第百十五条 この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は二年間、この法律の規定による退職手当の請求権は五年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。

引用|労働基準法

(債権等の消滅時効)
第百六十七条 債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
2 債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。

引用|改正前民法

あまりにも相手方から連絡がこないため,こちらから会社に対して連絡をとり,電話に出た事務方に話を聞いてみるとどうやら上層部が決断先延ばしで止めていたらしい。
もちろん事務方が自分らの会社の不利になるような事を言うわけはないのだが,上層部に危機感がもしあったならすぐに代理人の弁護士をつけるなりしてこちらの請求に対する回答をしていただろう。

このようなスケジュール感では依頼者の満足のいく仕事が提供できないため,担当弁護士は相手からの回答を待たずして労働審判の申立てを行うことにした。

労働審判においては,和解による解決も多いためこちらの請求金額の全額で解決することが難しい一面がある。また,全額支払ってもらうまでは争うという姿勢だと手続きが長期間に及び精神衛生上よろしくない一面もある。

和解の可能性もあるということを説明したうえで労働審判を申し立てたところ,期日が2ヶ月後に設定された。

相手方もようやく弁護士をつけたらしく,期日前に反論書面を送ってきた。

内容的には,固定残業代の主張と,就業規則で定められた時間を(法定労働時間は超えるけど)基準にして計算すると未払い賃金は減りますよ,というものだった。

 

固定残業代制とは労働基準法が定める割増賃金(時間外割増賃金,深夜割増賃金,休日割増賃金)を支払う代わりに定額の残業代を払う制度だ。

多くの会社が残業代を抑えるためにこの制度を採用している。

ただ,固定残業代制が有効となるためには,以下の3要件が必要だ。

1 固定支払いの合意があること

2 通常の労働時間分の賃金と残業時間分の賃金が明確に区別されていること(明確区分性

3 実際の残業代と固定残業代の差額が生じた場合には差額を支払う合意があること

当事務所の弁護士は,労働審判において,証拠関係から上記3要件を満たしていないと反論。相手の弁護士も証拠状況から固定残業代制の有効性については厳しいとは理解していそうだった。

また,相手の弁護士も法律家であるため,法定労働時間を超える社内規則が主張の根拠として弱いというのは分かっているだろう。

その結果,相手方からはかなり条件の良い和解案があがってきた。

当事務所の依頼者としてもその金額に満足しており,早期解決を望んでいた。

そのため,相手方の提示金額に若干上乗せした金額を提示し,相手方も納得し,すぐに和解が成立した。

労働審判は1日で終わったのだ。

2年分の残業・深夜割増で300万円であれば十分という依頼者の意向により,無事に解決できた。

弁護士 若林翔

弁護士法人グラディアトル法律事務所代表弁護士。 東京弁護士会所属(登録番号:50133) 男女トラブルや詐欺、消費者被害、誹謗中傷など多岐にわたる分野を手掛けるとともに、顧問弁護士として風俗やキャバクラ、ホストクラブなど、ナイトビジネスの健全化に助力している。

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