キャバクラやホストクラブなどの水商売や,デリヘル等の性風俗店,これらの夜職でも退職代行を求める事例が増えてきている。
水商売や風俗などの夜職特有の理由で辞められないケースがある。
具体的には,
などの理由で自らの意思で退職できないケースが見受けられる。
今回紹介するケースは,キャバ嬢が風紀違反の罰金を請求され,完済するまでは辞めるななどと脅されていたが,弁護士が退職代行の交渉をして,罰金を払わず無事に退職できた事例だ。
キャバクラなどの水商売やデリヘルなどの風俗店など、夜職の退職代行の理論や一般論については、以下の記事を参照して欲しい。
今回の相談者はキャバクラで働く広島出身の20代の女性だ。
テレビのドキュメンタリーで綺麗なドレスを身にまとい接客するキラキラしたキャバ嬢の姿に憧れ上京し,池袋のキャバクラで働くことに。
相談者はとても人当たりが良く誰とでも打ち解ける性格で,お客はもちろん仕事仲間との関係はとても良好だった。
指名してくれるお客も順調に増え給料についても申し分なかった。
仕事終わりのストレス解消のため喫煙ルームにて一服しているとボーイ(黒服)と呼ばれる男性スタッフもタバコ片手に入ってきた。
何気なく挨拶し話してみると翌月公開される映画の話題になった。
その映画は相談者が待ちに待ったアニメのシリーズを映画化したものであり,興奮気味に語った。
するとボーイもよくアニメを見るらしく,相談者の話に興味を示してきた。
しばらく語っているとボーイは「俺もその映画に興味が湧いた。どうせなら今度一緒に見に行かない?」と提案してきた。
キャバクラではトラブルを避けるため,ボーイいわゆるスタッフとの連絡先交換を含めプライベートな関係を持つことを禁止していた。
だが相談者は「映画を見に行くだけだし問題にならないだろう」と快く承諾した。
またスケジュール調整のためLINEのIDを交換した。
公開予定日が近づき出勤スケジュールを調整し新宿の映画館前で待ち合わせすることに。
当日,相談者らは映画を鑑賞したのち、焼肉店で食事し帰宅した。
後日,出勤するとオーナーに事務所へ呼び出され「ボーイと外出しているところを見たって人がいるんだけど」と聞かれた。
とくに大きな問題にはならないだろうと正直に話すとオーナーから以下のように迫られた。
「あなたが行った連絡先交換は風紀違反だ!入店時の覚書に書いてあるように罰金として150万円請求させてもらうから」
さすがに相談者は150万円もの請求は法外で理不尽だと伝えた。
すると「規則は規則だから!すぐに払え!払えないなら完済するまでは辞めさせないから」と怒鳴られた。
相談者はオーナーの気迫に押され反論できず,仕方なく罰金を支払うため継続してキャバクラで働くことに。
気持ちを切り替え働くこと数日,どこからか分からないが次第に規則を破ったとのウワサが広がり,周りのキャバ嬢やボーイたちのあたりが強くなり,指名してくれていたお客も来なくなった。
その環境に耐えられなくなった相談者は退職したい旨をオーナーに伝えた。
すると「罰金抱えて逃げる気か?完済するまでは辞めさせないからな!」と脅された。
さらにオーナーは握った個人情報を武器に逃げたら家族に請求する!キャバクラで働いていることや今回の風紀違反についても家族にバラすからなと脅迫をしてきた。
相談者は脅された恐怖から今にも逃げ出したかったが脅迫された内容から家族には迷惑かけたくないと踏みとどまった。
現在の問題を解決する方法として退職を考えた相談者は,ツイッター上で不特定多数に解決策を聞いてみた。
すると退職代行を頼んでみてはどうだろうかとのコメントがあった。
それから水商売(夜職)の退職代行について数多く扱っている当事務所のホームページを発見した。
そして,場所も近いことから直接東京オフィスへ来所し弁護士の無料相談を受けることになった。
弁護士が検討すべきことは大きく以下の2つだ。
一つは,退職することの可否。
もう一つは,請求されている風紀違反の罰金を払わなければいけないのかという問題だ。
まず,退職することの可否についてだが,憲法で「職業選択の自由」が保証されておりどんな理由に関わらず自由に退職することができる。
そして,風営法では,拘束的行為を規制している。
具体的には,キャバクラやホストクラブなどの接待飲食店営業において,接客従業者(キャバ嬢など)に対して,その支払能力に照らして不相当に高額な債務を負担させ,辞めた場合には残存債務を直ちに弁済させる約束をすることを禁止している。
本件では,風営法に定める拘束的行為の規制に該当し,キャバクラ経営者は業務停止等の行政処分を受ける可能性がある。
風営法(接客従業者に対する拘束的行為の規制)
第十八条の二 接待飲食等営業を営む風俗営業者は、その営業に関し、次に掲げる行為をしてはならない。
一 営業所で客に接する業務に従事する者(以下「接客従業者」という。)に対し、接客従業者でなくなつた場合には直ちに残存する債務を完済することを条件として、その支払能力に照らし不相当に高額の債務(利息制限法(昭和二十九年法律第百号)その他の法令の規定によりその全部又は一部が無効とされるものを含む。以下同じ。)を負担させること。
また,本件では,キャバクラで働いていることや風紀違反のトラブルについて家族にバラすと脅迫をしており,脅迫により労働を強制することは,労働基準法に違反する。
労働基準法の強制労働の禁止には,罰則もあり,1年以上10年以下の懲役,20万円以上300万円以下の罰金と重い罪だ。
労働基準法
(強制労働の禁止)
第五条 使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。第百十七条 第五条の規定に違反した者は、これを一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。
さらに,キャバクラで働いていることや風紀違反のトラブルについて家族にバラすと脅迫をして,150万円を請求することは恐喝罪に該当しうる。
刑法(恐喝)
第二百四十九条 人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
以上から,相談者は退職することができ,在職して労働を強制することは違法となる。
キャバクラ等の水商売や風俗店では,風紀違反の罰金というルールが定められていることがある。
風紀違反とは,キャバ嬢等のキャストと黒服などの男性スタッフの恋愛や連絡先交換等を禁止する規定だ。
本件のキャバクラでは,風紀違反について150万円の罰金規定がなされている。
罰金という名目にはなっているが,法律上は損害賠償請求の予定・違約金と言われるものだ。
この点について,キャバクラ店が風紀違反の罰金規定を理由にキャバ嬢に対して損害賠償請求をした裁判において,裁判所は,真摯な交際をも禁止する風紀違反規定は無効,労働者に対して違約金をさだめることは労働基準法16条に反する旨を理由として,請求を棄却した裁判例がある。
詳細は,以下の記事を参照してほしい。
これに加えて,本件では,脅迫を用いて,罰金を払うまで働くことを強要しており,上記の通り違法性の高い事案だ。
したがって,本件の風紀違反条項は無効であると弁護士は判断した。
以上のように,本件は違法性の高いケースであり,弁護士を代理人として退職の意思を伝えるとともに,風紀違反の罰金・損害賠償規定は無効であり支払義務がないことを伝えるべきだ。
また,脅迫行為自体も違法だし,その他にも風営法や労働基準法に違反するところがある。そのため,家族にバラすなどの行為をするようであれば,刑事告訴を含めた法的措置をとることを伝え,相手に対して弁護士から警告することにより,相手方の行為を抑止するのが良いのではないか。
弁護士は,相談者に対して上記提案をし,相談者も納得をしたため,弁護士に退職代行を依頼することになった。
弁護士は早速,キャバクラのオーナーに連絡した。
依頼者の代理人になった旨とともに,弁護士が窓口となるので依頼者への直接連絡を差し控えてもらうように伝えた。
オーナーはそれについて了承しましたとのことだった。
まず,依頼者には退職意思があり退職する旨を伝えた。
他方で,オーナーは「退職は認めてやってもいいが,風紀違反を犯した罰金150万円は支払ってもらいたい」と条件を変更してきた。
弁護士は依頼者が風紀違反であるボーイとのプライベートな関係があったことは謝罪した。
ただ,依頼者の関係は何らお店には損害が出ていないにもかかわらず150万円もの高額請求したことは公序良俗違反であり,不当請求は対応しかねると主張をし,加えて,労基法,風営法に違反する行為であり,請求を続けるのであれば,こちらとしても刑事告訴等の法的措置を取らざるを得ないと伝えた。
加えて,家族に請求すると申し伝えられた恐喝行為による刑事事件化もありうると。
刑事事件化の発言に焦ったのか「そこまで問題を大きくするつもりはないのですが、どうしたらいいのか」との反応があった。
そこで弁護士は風紀違反として罰金請求された150万円を撤回してもらううえで,退職手続きをしたいことを伝えた。
するとオーナーは罰金請求を諦めたのか「わかりました」との返答があった。
それから弁護士とオーナーで退職合意書を取り交わし,150万円もの罰金請求を支払うことなく,依頼者は無事に退職をすることができた。
相談者からは「退職だけでなく罰金まで取り下げさせることまでは考えてもみなかった。弁護士に頼んでよかった」とのメールが来て無事に解決をした。