ニュース内容
為替相場の値動きを予想して投資する「バイナリーオプション」と呼ばれる金融取引を巡り、「1年間で投資額の200%の利益が出る」といったうたい文句で、大学生が投資用の情報が入ったUSBメモリーを高額で購入させられるトラブルが首都圏で相次いでいる。購入者が友人を勧誘して拡大していくマルチ商法(連鎖商法)になっているのが特徴だ。53万円超のUSBを購入し、友人を勧誘したという東京都内の私立大学に通う男子大学生(21)が毎日新聞の取材に応じ、その実態を語った。【さいたま支局・中川友希】
毎日新聞2019年12月22日 10時00分(最終更新 12月22日 15時16分)
「3、4年続ければタワマンに住める」
「最近投資を始めたんだよね。月20万ぐらい稼いだ」。男子大学生は昨年8月、同じ学部の友人と行った居酒屋で突然、投資の話を切り出された。「投資のやり方は先輩に教えてもらった。先輩に会わない?」。そう持ちかけられた。元々投資に興味があったこともあり、「話を聞いてみるだけなら」と応じた。
1週間後、友人と一緒に、都内の会社員という「先輩」と喫茶店で待ち合わせた。「税理士の方と話しているから」と3~4時間待たされた後、「先輩」が現れ、バイナリーオプションの投資用USBを紹介された。「勝率は8割」「3~4年続ければ家賃30万円のタワーマンションに住める」。夢のような誘い文句に続き、USBの金額は53万7000円と明かされた。「お金はどう工面すればいいのか」。大学生が尋ねたが教えてもらえず、同じようにUSBを使って成功したという別の「先輩」を紹介された。
同日、別の「先輩」の男性とファミリーレストランで会った。「学生の夢に投資してくれる場所がある」。大学在学中に投資用USBに出合い、働かなくても稼げるため就職しなかった――。「先輩」は熱弁を振るった。「明日から(投資を)やっちゃおうよ」。友人も畳みかけてきた。
この時、友人と会ってから既に12時間が過ぎていた。「うん」と男子大学生はうなずいた。「断りにくい性格から答えてしまった」と振り返る。
翌日。友人らに連れられて向かったのは学生ローンの事業所だった。数件の事業所で少しずつお金を借り、計60万円を手にして投資用USBを購入した。お金を借りる名目は「海外の大学に2週間留学に行く」と、うそをつくように指示された。「少し話を聞くだけのつもりだったが、身近な友達が成功しているので自分もできるかなと感じた」
購入後、さまざまな名目で投資の「先輩」や「仲間」たちと過ごした。投資の勉強会をうたった「ミーティング」▽週に1回程度開かれる投資の手法などに関する有料の「セミナー」▽購入者同士でスポーツなど遊びを通じて交流する「イベント」――。大学にはほとんど行かなくなった。
友人30人をランク分け
「ある方法で50万円ぐらい月に稼いで、それを投資の元手にしている」。2週間が過ぎると「仲間」から新たな提案を受けた。さらに1カ月後、仲間内で「ビジネス」と呼ばれる行動に誘われた。知人・友人にUSB購入を持ちかけ、成功すると1人当たり紹介料6万円が支払われる。マルチ商法の誘いだった。
「仲間」に指示され、大学生は投資の元手を得ようと無料通信アプリ「LINE」に登録されている友達を紙に書き出し、仲の良さに応じてグループ分けした。その後、仲の良い順に居酒屋や喫茶店に呼び出し、「先輩と会わないか」と誘い続けた。勧誘の手順や誘い文句は、事前に「仲間」からレクチャーされた。
「投資を始めたんだよね」。自身も最初に聞かされた決まり文句で口を開き、先輩に引き合わせる。翌日に借金をさせるため、友人の2日間の日程を押さえておく。友人の興味や経歴、話したときの手応えは事前に投資仲間に報告する――。
USBを用いた利点については、あらかじめA4用紙4枚のチャートや文章を丸暗記した。こうして友人ら約30人と会い、このうち高校時代の同級生と知人の専門学生の計2人に、それぞれ53万7000円の投資用USBを購入させた。「友達と一緒に投資をして、どれぐらい成功するか調べてみようと思っていた。今思えば心の底では『変だ』と感じていたけれど、気が付きたくなくて、そう思い込んでいたのかもしれない」
勧誘に成功した翌月、紹介料として12万円が口座に振り込まれた。しかし、勧誘で使う飲食代や週1回のセミナーの参加費1000円など支出がかさみ、ある日、貯金が全く増えていないことに気付いた。「興味があった投資がやりたかったのに、やっていることが勧誘にすり替わっていて嫌気がさした」。大学生は2018年11月ごろ、投資と勧誘をやめた。
大学生らが集団提訴
この大学生と同様に高額のUSBを購入させられた20代の大学生ら4人が今年9月、USBを販売している東京都品川区のコンピューター周辺機器販売会社などを相手取り、計約236万円の損害賠償を求める集団訴訟をさいたま地裁に起こした。
弁護団の分析によると、被害者らが購入した投資用USBは、インターネットで無料公開されている為替相場をグラフで表示するソフトを改変したものだった。次の5分間で為替が上がるか下がるかを予測する矢印が1日数回、グラフ上に表示される。矢印が表示される時間は決まっていないため、常にソフトを起動しなければならない。
訴状は「投資の経験や知識が全くなく、リスクの高い取引を行う資金もない大学生に勧誘を行った」と指摘。不適当な勧誘を禁止する特定商取引法などに違反していると主張している。長田淳弁護団長は「価値のないものをあるように見せかけ、お金を借りさせてまで購入させており悪質。将来への不安を抱く学生につけ込んでいる」と指摘する。
12月6日に開かれた第1回口頭弁論で、会社側は請求棄却を求めた。9月の毎日新聞の取材に対しては「コメントできない」としている。
USBを購入させられた男子大学生は、年内に予定されている2次提訴に加わる予定だ。購入から1年以上たった今も約20万円の借金が残る。活動に入れ込んでいた昨年8~11月には大学に行かず、単位の取得もできていなかった。「50万円あればもっと他のことができた。周りを巻き込んだことは良くなかった」。そう痛感しているという。
バイナリーオプションとは
「バイナリーオプション」とは、為替相場が投資した時点からある時点までに上がるか下がるかを予想する取引。当たれば投資した金額に一定の倍率を掛けた金額を受け取り、外れれば投資した金額をすべて失う。国民生活センターによると、短期間に繰り返し取引することができるため、損失額が大きくなる恐れがある。投機性が高い点などから国民生活センターなどが2014年ごろから注意を呼びかけてきたが、最近はさらにバイナリーオプションの投資用USBを巡るトラブルが急増している。
東京都消費生活総合センターによると、バイナリーオプションの投資用USBを巡る都内の相談件数は16年度6件(うち大学生、専門学生は16%)▽17年度42件(同78%)▽18年度126件(同88%)▽19年4~9月142件(同90%)――と増加傾向にあり、学生の占める割合も高くなっている。
「若者は興味を持ちやすい。うのみにせず相談を」
都内のある私立大学では18年4月、学生から初めて投資用USBについて相談を受けた。学内向けに注意喚起したところ同様の相談が複数寄せられたため、授業や学生用ウェブページで注意喚起し、勧誘をする学生に対して面談を行うといった対策をしている。18年度に約30件あった相談は今年4~9月には約10件、10月は0件に落ち着いているという。
国民生活センターによると、若者を対象としたマルチ商法の基本的な手口は昔からそれほど変わっていないが、商品が投資教材DVDから投資用USBへ、対象とする金融商品が先物取引からバイナリーオプションへと変わるなど、流行に合わせて変遷しているという。センターの担当者は「若者は新しいものに興味を持ちやすい。さらに、社会経験が浅いため、身近な人に勧誘されると信じてしまう。必ずもうかると言われてもうのみにせず、契約前に家族やセンターに相談してほしい」と注意喚起している。
弁護士からのコメント
「マルチ商法」は、日本では1960年代から行われ始め、その当初から詐欺はもちろんのこと、それ以外でもトラブルを抱えることが多いビジネス形態です。
時代に合わせて、対象とする商品・役務、勧誘手段・文句など手を変え品を変え、現在でも行われています。
今回のニュースは、マルチ商法のなかでも「後出しマルチ」と呼ばれるもので、以下詳述いたします。
なお「マルチ商法」一般に関する内容は、下記ページに記載しておりますのでご参照ください。
「後出しマルチ」とは、その名のとおり、当初契約時には実態がマルチ商法であるのに伝えず、契約後にマルチ商法であることを伝えることをいいます。
よくある手口としては、今回のニュースのような投資商品を対象にし、金融機関等に借金をさせて購入させた後に、自らの友人・知人を勧誘し成功した際には紹介料が得られると告げることが多く見受けられます。
金融機関等に借金をさせるのは、借金を返済しなければならない状況を作らせ、その借金返済のために知人・勧誘せざるを得ない、すなわちマルチ商法の仲間にならざるを得ない立場に追い込むためです。
このような手口で、マルチ商法をしたかったわけではないのにマルチ商法に引き込ませる点で、「後出しマルチ」は悪質といえます。
そして、「後出しマルチ」は、マルチ商法では特定商取引法上規制される「連鎖販売取引」に該当しない点において注意が必要です。
当初の契約が、連鎖販売取引の要件である「特定利益を収受し得ることをもって誘因」する取引ではないからです。
もっとも、連鎖販売取引に該当しないからといって、特定商取引法上規制がないわけではありません。
今回のニュースのように、販売業者の事業所以外の場所で勧誘をして契約を締結させている場合には、訪問販売に該当し、訪問販売として特定商取引法上の規制を受けることになります。
具体的には、申込書面か契約書面の交付があれば、書面を受け取った日から8日間のクーリング・オフ制度が利用可能です。
一方、適正な書面の交付がない場合やクーリング・オフ妨害があった場合には、8日間の期限を過ぎでもクーリング・オフが可能です。
さらに、商品の品質等について事実と異なる説明がされ、その説明を信じて契約したのであれば、不実の告知として取消権を行使できると思われます。
詐欺ともいいうる悪質な「後出しマルチ」に遭わない対策としては、そもそもの契約自体も「絶対成功する、楽して稼げる」など甘い言葉で勧誘してきますが、それは真実じゃないと理解することが重要です。
というのも、もし真実であるとすれば他人を勧誘せず自らだけでやっていた方が利益や投資のリターンは分散されないことになりますので、勧誘する意味がないからです。
また、後にマルチ商法と伝えられた際には、その時点で損をしていたとしても手を出さないようにすべきです。
マルチ商法は特定商取引法上厳しい規制のあるビジネスですので、その中で成功するのは相当の人脈を用いて必死に営業・勧誘努力を行った一握りの人間だけです。
逆にいえば、多数の人間は失敗に終わり、金銭面の損失に加え、勧誘したことで今まで築き上げてきた友人・知人関係も壊れてしまうリスクも大いにあり得るからです。
最後に「後出しマルチ」「後出しマルチ詐欺」に遭ったかもと思った際には、遠慮なく当事務所にご相談ください。