令和4年6月24日、Twitterにおいて逮捕歴を報道する記事が引用されたツイートにつき削除を求めた事件(以下「令和4年Twitter判決」)について、最高裁判所にて削除が認められる判決が出ました。
本件では、同内容の事件として先例である、Googleの検索結果において逮捕歴の表示の差止めを求めた最高裁平成29年1月31日決定(以下「平成29年Google決定」)とは異なる部分がありました。今後はTwitter判決の判示が判断基準となると考えられます。
以下の点がTwitter判決ではGoogle決定と異なる主要な点となります。今後逮捕歴の削除を求める事件において、裁判までして削除が求めるかどうか判断する重要な点となるでしょう。
なお、本記事では逮捕記事の削除がしやすくなった令和4年Twitter判決を解説しています。
実際に逮捕歴を公表する記事を削除する方法については、こちらの記事にて詳細を解説しています。
本記事と同じくらい詳細を書かせていただいてますので、ぜひともご覧くださいね!
(グラディアトル法律事務所執筆「ネットの逮捕歴・前科は削除可能!素早く高確率で消す3つの方法とは」より引用)
本記事の概要・ポイント
令和4年Twitter判決で判断基準が緩くなり、ネット上の逮捕歴記事は削除されやすくなった
令和4年Twitter判決で判断基準が緩くなり、ネット上の逮捕歴記事は削除されやすくなりました。
具体的には、Twitterに逮捕歴が報道された記事が引用された事件において、削除が認められるか否かの判断基準が変わりました。
これまでは、「プライバシーなど逮捕記事に記載された人側の利益」と「一般の人々がその事実を知るため等の報道すべき・公開され続けるべき理由」でどちらが大きいかを比較していました。なおかつ、逮捕記事の削除が認められるためには、前者より後者が大きいことが明らかでなければなりませんでした。ギリギリ比較してプレイバシーの方が重要そうだよね、程度では記事の削除が認められていなかったのです。
しかし、令和4年Twitter判決では、前者が後者を「明らかに」上回る必要はなく、単に上回るだけでいいとする、緩やかな判断基準を打ち出しました。
このことにより、逮捕記事が削除されやすくなったものと考えられます。
令和4年Twitter判決では、報道記事においてプライバシー関連事実を記載する必要性が重要な判断要素として明示されず、ネット上の逮捕歴記事は削除されやすくなった
令和4年Twitter判決では、報道記事においてプライバシー関連事実(逮捕された事実や氏名等)を記載する必要性が重要な判断要素として明示されず、ネット上の逮捕歴記事は削除されやすくなりました。
報道記事においてプライバシー関連事実を記載する必要性は、「プライバシーなど逮捕記事に記載された人側の利益」と「一般の人々がその事実を知るため等の報道すべき・公開され続けるべき理由」の2つの対立する利益のうち、後者に属するものです。
しかし、報道記事においてプライバシー関連事実(逮捕された事実や氏名等)を記載する必要性が重要な判断要素として明示されなくなり、認められると逮捕歴を削除しない方向に傾きやすい事実が1つ減ったということになります。
いわば、逮捕記事を削除されたくない側にとっての武器が1つ減ったということですから、ネット上の逮捕歴記事は削除されやすくなったと言えるでしょう。
この「報道記事においてプライバシー関連事実(逮捕された事実や氏名等)を記載する必要性」の削除は、偶然やミスではなく、意図的です。
平成29年Google決定では、報道記事においてプライバシー関連事実を記載する必要性が重要な判断要素として明示されていました。
さらに、令和4年Twitter判決の原審(東京高等裁判所)では、平成29年Google決定同様、報道記事においてプライバシー関連事実を記載する必要性が明記されていました。
それにもかかわらず、令和4年Twitter判決では、報道記事においてプライバシー関連事実を記載する必要性が判決文から削除されました。
したがって、令和4年Twitter判決でこれが削除されたことは最高裁の意図の表れであることは明確です。
令和4年Twitter判決では、逮捕後に罪を犯さず長期間社会生活を送ったことが重視され、逮捕記事が削除されやすくなった
令和4年Twitter判決では、逮捕後に罪を犯さず長期間社会生活を送ったことが重視され、逮捕記事が削除されやすくなりました。
本件では、逮捕当時から高等裁判所での裁判が終わるまで、既に8年が経過し、刑法上、刑の効力が消滅していました。令和4年Twitter判決ではこの事実が判断要素として取り上げられ、既に逮捕された事実は一般市民が強く知りたい事実とは言えない、という趣旨の判断がされています。
刑の効力が失われるには、一定期間再度犯罪を犯していないことが条件になります。
逮捕された事件から一定期間、再度犯罪を起こしていない場合には、逮捕記事は削除される可能性が高くなる、と考えることができそうです。
確実とは言い切れませんが、令和4年Twitter最高裁判決では「逮捕当時から一定期間犯罪を犯していなかった事実」が重視されたことは、以下の点から推測することができます。
これまでは、逮捕当時から一定期間犯罪を犯していなかった事実があったとしても、逮捕記事の削除に重要な判断要素となっているかは不明でした。
平成29年Google決定において最高裁は、逮捕事実を報道された人が一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で働いていた事実を認めたうえで、これを一蹴するかたちで逮捕記事の削除を認めることはできないと結論付けていました。
令和4年Twitter判決の高等裁判所での判断でも、刑の効力が失われたことを考慮しても、逮捕記事の削除を認めることはできない、という趣旨の記載がありました。
おそらく、令和4年Twitter判決以前は、逮捕後に罪を犯さず長期間社会生活を送った事実は重視されていませんでした。これらの決定文・判決文において、逮捕記事の削除を認めないという結論部分の直前に、この事実を考慮しても削除できません、と軽く触れられる程度であったためです。
令和4年Twitter判決では、逮捕後に罪を犯さず長期間社会生活を送った事実は、判決の重要な部分で登場しています。平成29年Google決定や令和4年Twitter判決の高等裁判所の判断と違い、逮捕記事の削除を認める理由を記載した文章の中で、前半の主要部分での記載がありますから、この事実は重視されていると考えられます。
裁判所における逮捕記事削除の基本的な判断構造
判断基準は、「プライバシーなど逮捕記事に記載された人側の利益」と「一般の人々がその事実を知るため等の報道すべき・公開され続けるべき理由」の比較
逮捕記事が削除されるかの判断基準は、「プライバシーなど逮捕記事に記載された人側の利益」と「一般の人々がその事実を知るため等の報道すべき・公開され続けるべき理由」の比較です。
前者と後者を比較して、前者が後者を上回る場合に、逮捕記事の削除を認めるということになります。
令和4年Twitter判決以前は、前者が後者を「明らかに」上回る場合にのみ逮捕記事削除を認めるとされていましたが、令和4年Twitter判決では、この「明らかに」という文言が削除されました。
したがって今後は、逮捕記事の削除は認められやすくなるものと考えられます。
判断要素は、逮捕事件の中身、記事により事件がどれだけ広がるか、記事の目的、逮捕・刑の執行後の社会生活の内容と期間などが重要
逮捕記事削除の判断要素は、逮捕事件の中身、記事により事件がどれだけ広がるか、記事の目的、逮捕・刑の執行後の社会生活の内容と期間などが重要です。
各要素について、具体的にどのような内容なのかを1つ1つ解説していきます。
逮捕事件の中身とは、逮捕事件で発生した犯罪がどのようなものであったかということです。その犯罪事実が軽いものであれば、逮捕記事を残し一般人が知ることができるようにする必要性は小さくなります。
では、具体的にどの程度の犯罪事実であれば「軽いもの」と言えるかが問題となります。
まず結論から言えば、ほとんどの犯罪事件は軽い事件だとは判断されないでしょう。
令和4年Twitter判決における逮捕事件は、女子風呂への不法侵入事件でした。犯罪としては建造物侵入罪となり、罪の重さは全体から見ればかなり軽いものです。
しかし、令和4年Twitter判決では、逮捕された犯罪事実について、「軽微とはいえない」と判断しています。
刑法全体から見て軽い罪である建造物侵入罪すら「軽微とはいえない」のであれば、報道されるレベルの犯罪は、軽い犯罪とは扱われないでしょう。
「記事により事件がどれだけ広がるか」は、主に逮捕歴を有する人の氏名をネット上にて検索した際に、検索結果が表示されるか否か、その検索結果がどれだけ拡散されて、検索可能性が高まっているか、ということです。
「記事の目的」とは、逮捕歴を表示するネット上の記事が、速報的に知らしめるためのものか、記録として残すためになされたのか、など逮捕歴を公表した目的のことです。速報的に知らしめるものにすぎない場合、逮捕時点から長期間が経過すると、公表の必要性が薄まったとして削除される可能性が高くなります。
「逮捕・刑の執行後の社会生活の内容と期間」とは、逮捕・刑の執行後に犯罪を行わず平穏な社会生活を送っており、またはそれが刑を消滅させるほどの期間か、ということになります。
刑の消滅とは、禁錮以上の刑の人は10年、罰金以下の刑の人は5年、罰金以上の刑に処せられない時に、刑の言渡し(いいわたし)が効力を失うことです(刑法34条の2第1項)。具体的には、前科による資格制限や履歴書での前科記載義務がなくなります。
この「刑の消滅」の条件を満たしていれば、逮捕歴の削除は認められやすくなります。
また、平穏な社会生活を長期間送ることで、ツイート等の逮捕歴を公表する記事が速報目的である場合に、逮捕歴の削除が認める判断に傾きやすくなります。
平成29年Google最高裁決定
事件の概要
自分の名前等をGoogleで検索すると逮捕歴が記載されたウェブサイトが出てきてしまうため、この検索結果の削除を求めた事件です。
Aさんは、平成23年11月、児童買春の罪で逮捕され、後日罰金刑を受けました。Aさんが逮捕された事実は逮捕当日に報道され、その内容の全部又は一部がインターネット上のウェブサイトの電子掲示板に多数書き込まれるようになってしまいました。
結果、Aさんが居住する県の名称及びAさんの氏名をGoogleの検索ボックスに打ち込み検索すると、Aさんの逮捕歴が書き込まれた掲示板が検索結果として表示されることとなってしまいました。
これに対し、AさんがGoogleへ、当該検索結果の削除を求めたのが平成29年Google最高裁決定の事件内容となります。
示された判断基準
本件では、逮捕歴が表示される検索結果の表示を削除できるか否かについて、以下のような基準を示しました。
当該事実を公表されない法的利益と当該 URL 等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該 URL 等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。
理解しやすいようにあえて大雑把に言葉を言い換えれば、「プライバシーなど逮捕記事に記載された人側の利益」と「一般の人々がその事実を知るため等の報道すべき・公開され続けるべき理由」でどちらが大きいかを比較する、という判断基準です。なおかつ、逮捕記事の削除が認められるためには、後者より前者が大きいことが「明らか」でなければなりませんでした。
示された判断要素
本件では、先ほどの判断基準において、どのような要素を見て比較するかについて、以下のような要素が示されました。
当該事実の性質及び内容,当該 URL 等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など
判断要素について改めて抽出すると、以下の要素となります。
・当該事実の性質及び内容
・当該 URL 等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度
・その者の社会的地位や影響力
・当該記事等の目的や意義
・当該記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化
・当該記事等において当該事実を記載する必要性
これらの判断要素の観点から、今もなお記事を検索結果として表示し続けるべき理由が、本人のプライバシー等の利益を犠牲にしてもいいほどに強いものかどうかを判断します。
なお、「・当該記事等において当該事実を記載する必要性」については、令和4年Twitter判決においては判断要素として明記されていません。
記事記載の必要性があれば逮捕歴を記載する記事を残し続けるべきという考え方に傾きますから、これが削除されたということは逮捕歴の記事は削除されやすくなったものと言えるでしょう。
判断基準に基づく本件の判断(あてはめ)
本件では、3-3の判断要素を中心に、3-2の判断基準に照らして以下のようなことが言えると述べました。
(判断要素部分)
児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は,他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実であるものではあるが,児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項であるといえる。また,本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると,本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる。(判断基準に照らした結論部分)
以上の諸事情に照らすと,抗告人が妻子と共に生活し,前記1(1)の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。(よって、逮捕歴を公表する記事の削除は認められない。)
以上です。長い部分ですので、判断要素の部分と判断基準に照らした結論の部分の2つに分解しながら見ていきましょう。
まずは判断要素の部分です。
以下、緑字マーカーで書いた部分が、逮捕歴を公表されている人側の利益、逮捕歴を公表する記事を削除する方向に傾く要素になります。
一方で、オレンジ色マーカーで記載された部分が、記事を検索結果として表示し続けるべき理由等、逮捕歴を公表する記事を削除しない方向に傾く要素になります。
先ほどの判断要素一覧に照らすと、以下のように対応していることが分かります。
・当該事実の性質及び内容
→「児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は,他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実である」
「児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項である」・当該 URL 等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度
→「本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると,本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものである」・その者の社会的地位や影響力→指摘なし
・当該記事等の目的や意義→指摘なし
・当該記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化
→「抗告人が妻子と共に生活し,前記1(1)の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれること」・当該記事等において当該事実を記載する必要性→指摘なし
このように見ていくと、両判断要素の個数では2対2となり、単純に個数を比較しただけでも、逮捕歴を公表される人の利益と公表し続ける理由等が拮抗していることが分かります。
つまり、どちらがどちらを上回っているかは微妙なラインと言える状態かもしれません。
ここで、本件での逮捕歴を公表する記事を削除できる場合を再確認します。それは、以下の引用部分でした。
当該事実を公表されない法的利益と当該 URL 等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合
逮捕歴を公表されている人側の利益と記事を検索結果として表示し続けるべき理由等を比較した時に、先ほどの見たとおり今回はその大小が微妙なラインでした。
微妙なラインの場合、逮捕歴を公表されている人側の利益が記事を検索結果として表示し続けるべき理由等を越えていることが「明らか」とは言えません。
したがって、本件では、逮捕歴の記事を公表する検索結果を削除することはできない、という最高裁判所の結論になりました。
これを踏まえたうえで、本件での判断基準に照らした結論の部分を再確認してみましょう。
本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。
よって、最高裁は、逮捕歴を公表する記事の削除は認められないという趣旨の結論の判断をしました。
「公表され続ける判断要素」の多さと「明らか」の判断基準が判断を分けた!
改めて平成29年Google決定のポイントを押さえると、「明らか」の判断基準と「公表され続ける判断要素」の多さが判断を分けたものと考えられます。
あえて単純に考えますが、今回、逮捕歴を公表する検索結果を削除すべき判断要素と公表し続けるべき判断要素が2個ずつで拮抗していました。これが、1個でも公表し続けるべき判断要素が少なければ、判断は変わっていたかもしれません。
また、「明らか」の判断基準を取っていなければ、これもまた判断が変わっていたかもしれません。本件のように、判断要素が2個ずつで逮捕歴を公表されている人側の利益と記事を検索結果として表示し続けるべき理由等の大小が微妙な場合、「明らか」の基準ではなく単純に大小の比較であれば、わずかに逮捕歴を公表されている人側の利益が上回っていると判断し、逮捕歴の検索結果は削除される可能性もありました。
本件では、「明らか」基準ゆえに、その微妙な大小がより精密に検討された形跡もなく、判断基準が与えた影響も大きいものと言えるでしょう。
令和4年Twitter最高裁判決
事件の概要
本件は、逮捕の事実を報道されたBさんが、その報道記事のURL等を引用したツイートを削除するようにTwitter本社に求めた事件となります。
Bさんは、平成24年4月、旅館の女性用浴場の脱衣所に侵入した罪で逮捕されました。同年5月、Bさんは建造物侵入罪により罰金刑に処せられ、同月、その罰金を納付しました。
Bさんの事件は各報道機関にて報道され、各報道機関のウェブサイトにも掲載されました。
Twitterにて、Bさんの事件の報道記事のURLと報道記事の一部を転載するツイートがなされました。そして事件当時から8年経過しても、TwitterにてBさんの名前を検索すると当該ツイートが表示される状態でした。
示された判断基準
本件では、逮捕歴が表示されるツイートを削除できるか否かについて、以下のような基準を示しました。
上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができるものと解するのが相当である。
分かりやすいように大雑把に言葉を言い換えれば、「プライバシーなど逮捕記事に記載された人側の利益」と「一般の人々がその事実を知るため等の報道すべき・公開され続けるべき理由」でどちらが大きいかを比較する、という判断基準です。
この判断基準には、平成29年Google決定と比較して重要なポイントがあります。
それは、逮捕歴の記事を削除するにあたって、「逮捕記事に記載された人側の利益」が「一般の人々がその事実を知るため等の報道すべき・公開され続けるべき理由」を「明らかに」超える必要はないことです。
平成29年Google決定では、判断基準に「明らかに」という文言が入っていましたが、令和4年Twitter判決では文言が削除されています。これは不手際でも偶然でもなく、以下のように判決文にもその旨が明記されています。
原審は、上告人が被上告人に対して本件各ツイートの削除を求めることができるのは、上告人の本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られるとするが、被上告人がツイッターの利用者に提供しているサービスの内容やツイッターの利用の実態等を考慮しても、そのように解することはできない。
この点は、逮捕歴が削除されるかどうかを決める非常に重要なポイントですから、令和4年Twitter判決では大きな変更がなされたと言っていいでしょう。
示された判断要素
本件では、先ほどの判断基準について、どのような要素を見て比較するかについて、以下のような要素が示されました。
本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と上告人が被る具体的被害の程度、上告人の社会的地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化など、
判断要素について改めて抽出すると、以下の要素となります。
・本件事実の性質及び内容
・本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と逮捕歴が公表された者が被る具体的被害の程度
・逮捕歴が公表された者の社会的地位や影響力
・本件各ツイートの目的や意義
・本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化
これらの判断要素の観点から、今もなお記事を検索結果として表示し続けるべき理由が、本人のプライバシー等の利益を犠牲にしてもいいほどに強いかどうかを判断するのです。
なお、平成29年Google決定で判断要素として記載されていた「・当該記事等において当該事実を記載する必要性」については、令和4年Twitter判決においては判断要素として明記されていません。
記事記載の必要性があれば逮捕歴を記載する記事を残し続けるべきという考え方に傾きますから、これが削除されたということは逮捕歴の記事は削除されやすくなったものと言えるでしょう。
判断基準に基づく本件の判断(あてはめ)
本件では、4-3の判断要素を中心に、4-2の判断基準に照らして以下のようなことが言えると述べました。
本件事実は、他人にみだりに知られたくない上告人のプライバシーに属する事実である。他方で、本件事実は、不特定多数の者が利用する場所において行われた軽微とはいえない犯罪事実に関するものとして、本件各ツイートがされた時点においては、公共の利害に関する事実であったといえる。しかし、上告人の逮捕から原審の口頭弁論終結時まで約8年が経過し、上告人が受けた刑の言渡しはその効力を失っており(刑法34条の2第1項後段)、本件各ツイートに転載された報道記事も既に削除されていることなどからすれば、本件事実の公共の利害との関わりの程度は小さくなってきている。また、本件各ツイートは、上告人の逮捕当日にされたものであり、140文字という字数制限の下で、上記報道記事の一部を転載して本件事実を摘示したものであって、ツイッターの利用者に対して本件事実を速報することを目的としてされたものとうかがわれ、長期間にわたって閲覧され続けることを想定してされたものであるとは認め難い。さらに、膨大な数に上るツイートの中で本件各ツイートが特に注目を集めているといった事情はうかがわれないものの、上告人の氏名を条件としてツイートを検索すると検索結果として本件各ツイートが表示されるのであるから、本件事実を知らない上告人と面識のある者に本件事実が伝達される可能性が小さいとはいえない。加えて、上告人は、その父が営む事業の手伝いをするなどして生活している者であり、公的立場にある者ではない。
以上の諸事情に照らすと、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認めるのが相当である。したがって、上告人は、被上告人に対し、本件各ツイートの削除を求めることができる。
以上です。長い部分ですので、判断要素の部分と判断基準に照らした結論の部分の2つに分解しながら見ていきましょう。
まずは判断要素の部分です。
緑マーカーで書いた部分が、逮捕歴を公表されている人側の利益、逮捕歴を公表する記事を削除する方向に傾く要素になります。
一方で、オレンジ色マーカーで記載された部分が、記事を検索結果として表示し続けるべき理由等、逮捕歴を公表する記事を削除しない方向に傾く要素になります。
先ほどの判断要素一覧に照らすと、以下のように対応していることが分かります。
・本件事実の性質及び内容
→本件事実は、他人にみだりに知られたくない上告人のプライバシーに属する事実
本件事実は、不特定多数の者が利用する場所において行われた軽微とはいえない犯罪事実に関するものとして、本件各ツイートがされた時点においては、公共の利害に関する事実であった・本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と逮捕歴が公表された者が被る具体的被害の程度
→膨大な数に上るツイートの中で本件各ツイートが特に注目を集めているといった事情はうかがわれない
上告人の氏名を条件としてツイートを検索すると検索結果として本件各ツイートが表示されるのであるから、本件事実を知らない上告人と面識のある者に本件事実が伝達される可能性が小さいとはいえない・逮捕歴が公表された者の社会的地位や影響力
→上告人は、その父が営む事業の手伝いをするなどして生活している者であり、公的立場にある者ではない・本件各ツイートの目的や意義
→上告人の逮捕当日にされたものであり、140文字という字数制限の下で、上記報道記事の一部を転載して本件事実を摘示したものであって、ツイッターの利用者に対して本件事実を速報することを目的としてされたものとうかがわれ、長期間にわたって閲覧され続けることを想定してされたものであるとは認め難い・本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化
→上告人の逮捕から原審の口頭弁論終結時まで約8年が経過し、上告人が受けた刑の言渡しはその効力を失っており(刑法34条の2第1項後段)、本件各ツイートに転載された報道記事も既に削除されていることなどからすれば、本件事実の公共の利害との関わりの程度は小さくなってきている
このように見ていくと、両判断要素の個数では5、6対2となり、単純に個数を比較しただけでも、逮捕歴を公表される人の利益が公表し続ける理由等を上回っていると言えるでしょう。
また、平成29年Google決定と異なり、示した判断要素について全て検討しており、その内容もきちんと重要な事実を踏まえたものです。今後、本判決が逮捕歴記事の削除の事件について参考される可能性は非常に高いでしょう。
これらを踏まえたうえで、本件での逮捕歴を公表する記事の削除の基準を再確認します。
上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができる
が本件での判断基準でした。
判断要素の比較を踏まえると、逮捕歴を公表される人の利益が公表し続ける理由等を上回っています。したがって、本件でも、逮捕歴を公表するツイートの削除が認められると言えます。
もちろん最高裁も、削除を認めています。判断基準に照らした結論の部分を再度掲載します。
以上の諸事情に照らすと、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認めるのが相当である。したがって、上告人は、被上告人に対し、本件各ツイートの削除を求めることができる。
「明らか」判断基準の消滅と逮捕からの長期間経過した事実の重視がポイント!
令和4年Twitter判決では、逮捕からの長期間経過した事実の重視と「明らか」判断基準の消滅がポイントとなり、逮捕歴の記事の削除という結論に至ったものと思われます。
平成29年Google決定であった「明らか」判断基準が令和4年Twitter判決では無くなったことの重要性については、3-5でも記載しているのでそちらをご参照ください。
また、今回の令和4年Twitter判決では、逮捕から長期間経過した事実が重視されています。
まず、逮捕歴を公表された人が逮捕され罰金刑を終えた後、長期間平穏な生活、つまり犯罪を犯さない生活をしていたことが、刑の効力が消失した事実が認められています。
そして、ツイートで引用されていた報道記事が既に削除されていることやツイート自体が逮捕事実の速報ニュースに過ぎず、長期間残し続けるようなものでないことも記載されています。
平成29年Google決定に比べると、逮捕から長期間経過していることを様々な面から評価し、その期間に犯罪を行っていないことが前提に、逮捕歴が削除される方面へ評価を傾けています。
平成29年Google決定では、犯罪を行っていないことを踏まえても削除は無理だ、と一蹴されてしまっていました。
総じて、令和4年Twitter判決以後は、逮捕歴を公表する記事の削除はしやすくなったものと評価することができるでしょう。
まとめ
本記事をまとめます。
・令和4年Twitter判決は、それまでリーディングケースであった平成29年Google決定よりも逮捕歴の記事を削除しやすくなった判決です。
・削除の判断基準が削除しやすい方面に傾いたのは、比較考量における「明らかな」判断基準の「明らか」部分が消えたためです。
・また、逮捕から長期間経過した事実を多面的に評価した点や「逮捕事実を記載する必要性」が判断要素として重視されなくなった点も、削除の判断基準が削除しやすい方面に傾いた令和4年Twitter判決の特徴と言えるでしょう。
簡単にまとめると以上となります。
具体的に削除するための方法を知りたい方はこちらの記事へ
本記事では、「まとめ」にて記載したとおり、令和4年の令和4年Twitter判決が逮捕歴の記事の削除をしやすくなったものであることを解説しました。
では、実際に逮捕歴を公表する記事を削除したいと考えた場合にはどうすればいいのでしょうか。
実際に逮捕歴を公表する記事を削除する方法については、こちらの記事にて詳細を解説しています。
本記事と同じくらい詳細を書かせていただいてますので、ぜひともご覧くださいね!
(グラディアトル法律事務所執筆「ネットの逮捕歴・前科は削除可能!素早く高確率で消す3つの方法とは」より引用)