東京地裁が,令和2年9月24日,Instagram(インスタ)のストーリーにUPされた動画のスクリーンショットを匿名掲示板であるホストラブ(ホスラブ)に転載した事例において,転載者の契約者情報について,発信者情報開示を命じる判決をしました。
この裁判例は,発信者情報開示請求の要件である権利侵害性について,以下の権利侵害を認めました。
この動画を撮影した人の著作権(複製権・公衆送信権)を侵害
この動画の被写体の人の肖像権を侵害
以下,詳しく解説をしていきます。
Instagramのストーリー(ストーリーズ)とは?
ストーリーとは,通常のフィード投稿(タイムライン)とは別の投稿であって,より日常的な写真,動画の投稿やライブ配信がおこなえる機能です。
ストーリーは,画面上部の別枠(ストーリートレイ)に表示されるのが特徴で,投稿から24時間で自動的に消えるため,深く考えずに気軽に投稿できると人気です。
この投稿の時間制限が今回の裁判例でも考慮要素となりました。
ストーリー転載事案の概要
本件の原告は夫婦です。
Instagramのストーリー(ストーリーズ)に夫である原告Aが妻である原告Bを撮影した動画を投稿しました。
すると,氏名不詳者がその自撮り動画のスクリーンショットを撮影し,インターネット掲示板であるホストラブ(ホスラブ)に転載をしました。
その転載されたスクショには,「ねーねーまたブランド?ってよ ーー。Byみみくそ。」などの文字が記載されていました。
原告等は,この掲示板に転載した氏名不詳者を特定するため,ホスラブに対する発信者情報開示の仮処分によりIPアドレス等を取得したと考えられます。
本件裁判例は,その後,原告等がISP(本件ではソフトバンク株式会社)に対して起こした発信者情報開示の訴訟です。
なお,ホスラブに対する誹謗中傷の削除や発信者情報開示については,以下の記事をご参照ください。
スクリーンショット(スクショ)転載と著作権侵害
著作権侵害についての裁判例の引用
本件動画は,原告Aが,その思想等を創作的に,映画の効果に類似する視聴覚的効果を生じさせる方法で表現したものであるから,著作物に該当し,原告Aがその著作権を有するものと認められる。
氏名不詳者は本件投稿により本件動画の一部を複製し,送信可能化したものであるところ,原告Aは氏名不詳者に本件動画の利用を許諾したことはなく,したがって,氏名不詳者による本件投稿によって,原告Aの本件動画の著作権(複製権及び公衆送信権)が侵害されたことが明らかであると認められる。
東京地判令和2年9月24日より引用
著作権とは?
著作権という言葉を知っている方は多いと思いますが,著作権が「何種類もの権利の総称」であるということを知っている方は少ないのではないでしょうか。
著作権における様々な権利のことを「支分権」といいます。
本件裁判例において述べられている「複製権」や「公衆送信権」は支分権であり,これらをまとめた総称が著作権です。
そもそも,著作権は,著作物を作成した者の権利です。著作権は,特許権のように登録する必要はなく,著作物を作成した時点で自動的に取得できます。
著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)です。
要件を分解すると,
①「思想又は感情」
②「創作的」
③「表現したもの」
④「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」
となります。
そのため、表現ではない事実やデータ,キャラクター設定などは,著作物とはなりません。
また,創作の加わっていない模倣品や工業製品(例えば自動車のデザイン)も除外されます。加えて,短い表現やありふれた表現などは創作性が認められない傾向にあります。
詳細な説明は割愛しますが,支分権は10種類以上あり,それぞれ権利の性質は全く異なります。
本件裁判例での著作権(複製権・公衆送信権)侵害
本件裁判例においては,原告Aの本件動画の複製権及び公衆送信権侵害が認定されています。
複製権(著作権法21条)侵害について
複製とは,作品を複写したり、録画・録音したり、印刷や写真にすることをいいます。
本件においても,動画の一部がスクリーンショットという写真にされているので,複製権侵害が認められています。
公衆送信権(著作権法2条1項7号の2)侵害について
公衆送信とは,公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信行為のことをいい,具体的には,通常のテレビ,ラジオの放送,ケーブルテレビや有線ラジオの放送,インターネット上に画像や映画をアップロードする行為が公衆送信となります。
本件では,氏名不詳者によって,スクリーンショットをどこかのアップローダにアップロードし,そのURLをインターネット掲示板に投稿したものと考えられますので,公衆送信権侵害を認めたものと考えられます。
著作権侵害と損害賠償請求の関係について
本件裁判例における著作物は,原告Aの撮影した動画でした。その著作権侵害を本件裁判例では認めています。
原告は,発信者情報が開示された後,著作権侵害に基づく損害賠償請求を行うことになると考えられます。
では,このような著作権侵害における「損害」とはどのようなものなのでしょうか。
著作権侵害に基づく損害賠償請求も,不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求の一種であり,原告において,「損害額」を主張・立証しなければなりません。
著作権法上,損害額の推定規定はもうけられていますが(著作権法114条各項参照),これらはあくまで出版されるような著作物を想定している規定です。
このように考えると,非常に難しい問題が生じてきます。すなわち,素人の著作物,ましてや利益を得ることを目的としておらず,実際に利益も上げられないような著作物の著作権を侵害したとして,経済的損失たる「損害」が発生しているのかという問題です。
そして,これは本件裁判例のような発信者情報開示請求訴訟にも影響を与えかねません。
そもそも,発信者情報開示請求訴訟の要件事実は,
①特定電気通信(不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信)による情報の流通がなされたこと
②被告が特定電気通信の用に供される電気通信設備を用いて,他人の通信の媒介等をしていること
③原告の権利を侵害したことが明らかであること
④原告に,発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があること
です。
そして,④の要件事実は,例えば,加害者に対する損害賠償請求権の行使のために必要がある場合がとされています。とするのであれば,原告において著作権侵害をされたことによる「損害額」が立証できないのであれば,④原告に,発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとはいえないとも考えられます。
本件裁判例においては,著作権侵害以外にも下で述べるとおり肖像権侵害が認められており,著作権侵害における「損害額」の立証の有無については問題となっておりません。
肖像権侵害は,人格権侵害であり,精神的損害たる慰謝料が発生することに異論がないため,損害賠償請求できることは当然であるからでだと考えられます。しかし,財産権たる著作権侵害のみが問題となるケース(本件裁判例において,肖像権侵害がないようなケース)において,損害額の立証が困難である場合,どのような判断がなされるのか,非常に興味深いところです。
また,そのようなケースは,本件裁判例の射程の範囲外であるといえるでしょう。
スクリーンショット(スクショ)転載と肖像権侵害
肖像権侵害についての裁判例の引用
人の肖像は,個人の人格の象徴であるから,当該個人は,人格権に由来するものとして,これをみだりに利用されない権利を有する。
そして,当該個人の社会的地位・活動内容,利用に係る肖像が撮影等されるに至った経緯,肖像の利用の目的,態様,必要性等を総合考慮して,当該個人の人格的利益の侵害が社会生活上受任の限度を超える場合には,当該個人の肖像の利用は肖像権を侵害するものとして不法行為上違法となると解される。
これを本件についてみると,本件画像は,原告Bを被撮影者とするものである。本件画像が含まれる本件動画の撮影の及びそれをインターネット上の投稿サイトに投稿したのは原告Aであり,原告Bは夫である原告Aでありにこれらの行為を許諾していたと推認され,本件画像の撮影等に不相当な点はなく,氏名不詳者は上記投稿サイトから本件動画を入手したものではある
しかしながら,本件動画は24時間に限定して保存する態様により投稿されたもので,その後も継続して公開されることは想定されていなかったと認められる上,原告Bが,氏名不詳者に対し,自身の肖像の利用を許諾したことはない。
原告Bは私人であり,本件画像は原告Bの夫である原告Aが原告らの私生活の一部を撮影した本件動画の一部である。
そして,本件画像は原告Aの著作権を侵害して複製され公衆送信されたものであって,本件投稿の態様は相当なものとはいえず,また,別紙投稿記事目録記載の投稿内容のとおりの内容に照らし,本件画像の利用について正当な目的や必要性も認め難い。
これらの事情を総合考慮すると,本件画像の利用行為は,社会生活上受忍すべき限度を超えるものであり,原告Bの権利を侵害するものであると認められる。
したがって,本件投稿によって原告Bの肖像権が侵害されたことが明らかであると認められる。
東京地判令和2年9月24日より引用
肖像権とは?
肖像とは,ある人の顔・姿をうつしとった、絵・写真・彫刻の像をいいます。
人の肖像は,個人の人格的の象徴であるから,これをみだりに利用されない権利を有するとされています。
最近の裁判例においては,ただ肖像を勝手に使われただけでは権利侵害は認められず,本件裁判例と同様,「受忍限度を超えるか否か」という判断枠組みにより,判断されることになります。
肖像権の受忍限度論について
人の顔写真を利用するとしても,様々な利用の方法があります。
例えば,夜のニュースで裁判の被告人の顔を模写した絵をご覧になったことのある人は多いと思います。あの絵も人の顔を模写したものですので,「被告人の肖像」に当たります。しかし,あの絵をニュースで流すことが肖像権侵害に当たると聞いたことがある人はいないはずです。それは,「受忍限度を超えない」と考えられているからです。
本件裁判例によると,受忍限度を超えるか否かは,
当該個人の社会的地位・活動内容,利用に係る肖像が撮影等されるに至った経緯,肖像の利用の目的,態様,必要性等を総合考慮して,当該個人の人格的利益の侵害が社会生活上受任の限度を超える場合には,当該個人の肖像の利用は肖像権を侵害するものとして不法行為上違法となると解される
と述べられています。
要するに社会生活において我慢しなければならない限度を超えているといえるかどうか,という意味です。
本件ストーリースクショ転載が受忍限度を超える理由
本件裁判例においても同様の「受忍限度を超えるか否か」が問題になりました。
特に本件裁判例においては,原告が自撮り動画を自ら投稿していたものを転載された事案です。そのため,自分で投稿した動画なので,それを他の人に見られたとしても仕方がない,「自撮りを投稿した人が悪いんじゃないの?」という素朴な疑問が湧くのではないでしょうか。
この点について,本件裁判例は,自撮りを投稿した人が悪いのではなく,そのスクリーンショットをインターネット掲示板に転載した人が悪いので,「受忍限度を超える」と述べました。
ここに本件裁判例の特色があります。
具体的には,
- ①本件動画は24時間に限定して保存する態様により投稿されたもので,その後も継続して公開されることは想定されていなかったと認められる
- ②原告Bが,氏名不詳者に対し,自身の肖像の利用を許諾したことはない
- ③原告Bは私人であり,本件画像は原告Bの夫である原告Aが原告らの私生活の一部を撮影した本件動画の一部である
- ④本件画像は原告Aの著作権を侵害して複製され公衆送信されたものであって,本件投稿の態様は相当なものとはいえず
- ⑤本件画像の利用について正当な目的や必要性も認め難い
と述べ,これらの点を総合考慮し,「社会生活上受忍すべき限度を超えるものであり,原告Bの権利を侵害するものである」と認定しました。
わかり易い言葉に言い換えると,
- ①原告は,ストーリーズの投稿を24時間以上残しておくつもりもなかった
- ②原告は,氏名不詳者にストーリーズのスクリーンショットを掲示板に転載することも許してなかった
- ③原告は,政治家などではない一般人であって,本件画像も一般人の生活を撮影したものである
- ④著作権侵害する態様
- ⑤本件画像の利用について,正当な目的や必要性もない
という理由で,「受忍限度を超える」と判断しました。
なお,この「受忍限度を超えるか否か」の判断は,かなり難しく,弁護士や裁判官でもその判断は難しいところがあります
また,個別具体的な事案にもよりますので,「この投稿どうなの?」と思うものがありましたら,弁護士にご相談することをおすすめいたします。