誹謗中傷・発信者情報開示の弁護士費用(調査費用)を相手に請求できた判例まとめ

インターネット上で誹謗中傷された場合,誹謗中傷をした投稿者を特定するために,発信者情報開示請求という手続きをとることとなります。

この発信者情報開示手続きは,多くの場合,誹謗中傷をしている人を特定するために,複数の裁判手続きを経る必要があります。

誹謗中傷されたSNSや掲示板の運営会社に対するIPアドレス等の開示を求める仮処分

IPアドレス等から判明したプロバイダに対するログ保存請求・

プロバイダの契約者・発信者情報開示の裁判など

そのため,その調査費用は高額となるケースが多くみられます。

 

そこで今回は,誹謗中傷をしている人を特定するための発信者情報開示の各過程においてかかった弁護士費用・調査費用について,相手方に請求できるのかについて,弁護士費用・調査費用の全額を損害賠償として相手方に支払えとした複数の判例を踏まえて,解説します。

弁護士費用については原則依頼者負担!?

上記のとおり,誹謗中傷している人を特定するためには,発信者情報開示手続きを経ることとなります。

この手続きを一般の人がやることは難しく,多くの場合,弁護士に依頼することとなります。

そして,この発信者情報開示の手続きは,投稿者の特定までに2つの裁判手続きを経ることが多く,時間制限もあるため,弁護士費用としては総額で50万円以上かかることが多いです。

そのため,調査費用の大部分は,発信者情報開示手続きに関する弁護士費用ということとなります。

そもそも現行法では,個人で裁判手続きを行える建前をとっていることから,裁判を自分で行うか,弁護士を付けて行うかは自由に決めることができることとなります。

このような建前から,弁護士費用については,各自で負担することが原則と考えられています。

もっとも,不法行為に基づく損害賠償事件については,相手の不法行為と損害の間に因果関係が認められれば,その損害も賠償の対象となります。すなわち,相手方の不法行為により弁護士費用を支出することが社会通念上相当なものと認められれば弁護士費用も損害賠償の対象となります。

そして,不法行為に基づく損害賠償事件については,相手から賠償を受けることが容易ではなく,自分の権利を護るために,裁判をすることを余儀なくされることから,弁護士費用・弁護士報酬についても一定の範囲,請求が認められた金額の1割程度の金額で損害賠償の対象となると考えられています(最判昭和44年2月27日参照)。

最判昭和44年2月27日

不法行為の被害者が、自己の権利擁護のため訴を提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものにかぎり、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。

 

誹謗中傷対策・発信者情報開示の弁護士費用・調査費用は相手方負担!?

誹謗中傷被害にあった場合,発信者情報開示手続きによって犯人を特定した後にどのような対応を採るか?

・名誉毀損罪や侮辱罪での被害届の提出や刑事告訴

・投稿者に対する損害賠償請求

この誹謗中傷被害にあった場合の損害賠償請求についても,不法行為に基づく損害賠償事件であることがほとんどです。

そのため,誹謗中傷をした人を特定するためにかかった調査費用(弁護士費用を含む。)についても,社会通念に照らして相当といえる範囲で損害賠償請求が認められます

ただ,発信者情報開示の弁護士報酬・調査費用の全額を請求できるかについて,判例は確立しておらず,その判断はケースバイケースとなり,必ずしも,調査費用の全額が賠償されるわけでない点,注意が必要です。

発信者情報開示の弁護士費用全額を損害と認めた裁判例

東京高判平成24年6月28日

【事案】
インターネット掲示板上に,盗撮をしたことをうかがわせる内容の書き込みをしたと主張し,損害賠償を求めた事案。

【弁護士費用・調査費用請求額】
原告は,調査費用として63万円の損害賠償を求めました。

【裁判所の判断】
原告は,書込みをした者を特定するため,弁護士に依頼し,書込みの電子掲示板の管理者である海外法人に対するIPアドレスの開示仮処分を得て,投稿者のIPアドレスとアクセスログの開示を受けた上,携帯電話会社に対する発信者情報開示手続きを経て被告にたどり着いた経緯からすると,被告特定のための調査費用63万円も,不法行為の損害として被告が負担すべきと判断しました。

 

発信者情報開示の弁護士費用の大部分を損害と認めた裁判例

東京地判平成29年3月29日

【事案】
インターネット上のサイトに被告が投稿した記事が,原告の社会的評価を低下させ,あるいは原告を脅迫するものであり,これにより原告の名誉権・人格権が侵害されたと主張し,損害賠償を求めた事案。

【弁護士費用・調査費用請求額】
原告は,調査費用として81万円の損害賠償を求めました。

【裁判所の判断】
インターネット上のサイトへの匿名の投稿により名誉棄損等がされた場合に,その発信者を特定するための調査には,一般に発信者情報開示請求の方法をとる必要があるところ,この手続きで有効に発信者情報を取得するためには,短期間のうちに必要な本件全処分を行った上で適切に訴訟を行うなどの専門的知識が必要であり,被害者自身で手続きを行うことは通常困難であるから,発信者情報開示請求の代理を弁護士に委任し,その費用を支払った場合には,社会通念上相当な範囲で,それを名誉棄損等と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であるとして,64万8000円の調査費用について損害が認められると判断しました。

なお,残りの16万2000円については,被告との交渉費用と考えられるとの理由で,損害を認めませんでした。

 

東京地判平成31年1月15日

【事案】
掲示板上に原告の名誉感情を侵害する投稿を複数投稿したとして,損害賠償を求めた事案。

【弁護士費用・調査費用請求額】
原告は調査費用として100万2602円の損害賠償を求めました。

【裁判所の判断】
インターネット上での名誉感情侵害という事案において,投稿をした者を特定するには,掲示板の運営者にたいする経由プロバイダの開示請求及び経由プロバイダに対する発信者情報開示請求を経る必要があり,その手続きを原告が個人で行うのは困難であったと認められ,そのような訴訟の性質等からすれば,発信者情報の開示に要した費用のうち,社会通念上相当と認められる範囲については,本件各投稿と相当因果関係のある損害と認められるとして,85万9373円の損害を認められると判断しました。

なお,一部調査費用が損害として認められなかったのは,投稿の一部につき権利侵害が認められなかったためです。

 

発信者情報開示の弁護士費用の一部を損害と認めた裁判例

東京地判平成29年7月28日

【事案】
インターネット上の掲示板に投稿した記事により名誉を毀損されたと主張し,損害賠償を求めた事案。

【弁護士費用・調査費用請求額】
原告は調査費用として40万4734円の損害を求めました。

【裁判所の判断】
仮処分の申立て及び発信者情報開示請求訴訟の提起は,損害賠償請求をするための調査の一環であるから,その費用は不法行為と因果関係のある損害といえる,としつつも,訴訟提起を余儀なくされたのは,開示要件が満たされているにもかかわらず,相手が任意に開示しなかったことが直接的な原因であることなどを理由に,調査費用の約3割に相当する13万円に限り,損害として認められると判断しました。

 

東京高判平成31年3月28日
【裁判所の判断】
「この調査費用は,前記⑵の本件訴訟自体の弁護士費用と異なるとはいえ,それと実質的に同様の性格を有する費用であることに鑑みると,本件記事の投稿と相当因果関係がある損害としては,5万円の限度で認められるのが相当である」と判断しています。
引用 誹謗中傷・風評被害対策/削除【弁護士神田知宏】IT弁護士 神田知宏サイト https://kandato.jp/blog/20121230-1-2/

 

発信者情報開示の弁護士費用・調査費用についてのまとめ

誹謗中傷を行った人を特定するために必要となる弁護士報酬等の調査費用については,裁判例が確立されておりません。

特定のために必要となる発信者情報開示請求手続き等に関する費用であれば,当該誹謗中傷と関係がある限りで損害として認められ,相手に損害賠償請求ができるとし,弁護士費用・調査費用の全額やその大部分を認めている裁判例もあります。

他方で,発信者情報開示請求手続き等に関する費用であったとしても,具体的な理由を示すことなくその一部しか認めない裁判例や,実体は弁護士費用であるという点に着目して,実際に認められた請求額の1割相当に限り損害として認められるという裁判例もあります。

一部しか認めていない裁判例を見てみると,慰謝料の認容額が低額なケースが見られます。

低額な慰謝料しか認めないにもかかわらず,慰謝料額を大きく上回る弁護士費用・調査費用を認めるというのは座りが悪いという理由もありそうです。

このように,請求する権利や請求金額などによっては,調査にかかった費用の一部又は全部が損害として認められないこともあったり,判断する裁判官によっても調査費用が損害として認められるか違いが生じることとなり,調査費用について必ず全額を相手に請求できるわけではない点に注意が必要です。

しかし,前述のように,発信者情報開示手続きは,IP等の開示の仮処分手続き,開示されたIP等からプロバイダを特定し,プロバイダに対してログの保存請求,契約者情報・発信者情報開示の裁判手続きが必要になることが多いです。

これらの手続きは専門性が高く,弁護士ではない一般の方が自ら行うのは非常に困難です。

また,その専門性の高い複雑な手続きについて,ログの保存期間内に迅速に行う必要があります。

そうすると,発信者情報開示手続きにより犯人を特定して損害賠償をするためには,弁護士に依頼をして弁護士費用を支払う必要があるものであると考えるべきです。

そのため,裁判所としては,今後,発信者情報開示にかかる弁護士費用・調査費用について,原則として全額を損害として認める運用をしてもらいたいものです。

その他,誹謗中傷・発信者情報開示にかかる現行制度の問題点等については,以下の記事をご参照ください。

木村花さん死去 ネットの誹謗中傷対策の問題点を考える

弁護士 若林翔

弁護士法人グラディアトル法律事務所代表弁護士。 東京弁護士会所属(登録番号:50133) 男女トラブルや詐欺、消費者被害、誹謗中傷など多岐にわたる分野を手掛けるとともに、顧問弁護士として風俗やキャバクラ、ホストクラブなど、ナイトビジネスの健全化に助力している。

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