Twitter、Facebook、YouTube等のSNS、5ちゃんねる、ホスラブ、爆サイ等の匿名掲示板において誹謗中傷の被害を受けたり、他人に知られたくない秘密を暴露されてしまったりした場合、弁護士に依頼して発信者情報開示請求(投稿者の住所・氏名・電話番号等を特定した上で、慰謝料請求や投稿を止めることを約束させることを可能にする手続き)を行うことになります。
しかしながら、現在の日本の法制度の下における発信者情報開示請求は非常に煩雑な手続きが必要でかつ高度に専門的な知識も要求されることから、一般的に高額の弁護士費用や実費が必要になります。
そもそも、発信者情報開示請求にかかる弁護士費用の相場はいくらくらいなのでしょうか?
そして、インターネット上で違法な投稿によって被害を受けた被害者が高額の費用を全て負担しなければならないのでしょうか?
発信者情報開示請求にかかった弁護士費用・調査費用の全額を認める裁判例がいくつか出てきていますので、最新の裁判例を参照しつつ、解説していきます。
発信者情報開示請求の手続概略
ネット上で誹謗中傷や個人情報流出をした犯人を特定するための発信者情報開示の手続きには、以下のプロセスが必要です。
- SNSや掲示板運営会社にIPアドレス等の開示請求
- 開示されたIPアドレス等からプロバイダを特定し、ログ保存請求
- プロバイダに契約者情報を開示請求
そして、それぞれの手続きにおいて、裁判所を通じた手続きが必要になることがあります。
「1,SNSや掲示板運営会社にIPアドレス等の開示請求」では、爆サイなど、現状は弁護士による任意請求によってIPアドレス等を開示してくれるコンテンツプロバイダもありますが、多くは、裁判所に対して発信者情報開示の仮処分申立てが必要になります。
「2,開示されたIPアドレス等からプロバイダを特定し、ログ保存請求」では、主に、任意の請求によりログの保存対応をしてもらえます。しかし、接続先IPアドレスなどの関係で、特定をするための調査が必要になることもあり、ログ保存の仮処分申立てが必要になることもあります。
「3,プロバイダに契約者情報を開示請求」では、開示請求をしたプロバイダから契約者(誹謗中傷投稿をした犯人)に対して、契約者情報を開示してもよいかという意見照会書が届きます。犯人がこれに同意した場合などは、任意に情報が開示される、犯人側の弁護士から示談・和解の交渉の申し入れがあるときもあります。
しかし、多くの場合は、発信者情報開示請求の訴訟提起が必要になります。
そして、携帯電話会社などの大手プロバイダのログの保存期間は3ヶ月程度のことが多く、短期間のうちにこれらの手続きを進める必要があります。
以上のように、発信者情報開示請求で犯人を特定するためには、複雑かつ複数の裁判手続きを時間内に行わなければなりません。
発信者情報開示請求の弁護士費用相場について
前述したように、複数のプロセスを経て誹謗中傷投稿などをした犯人を特定する発信者情報開示請求ですが、その弁護士費用の相場はいくらくらいなのでしょうか?
弁護士費用については、主に着手金と成功報酬があります。
着手金は弁護士が仕事を開始する際に必要な費用で、成功報酬は開示が成功した場合にかかる費用です。
TwitterなどのSNSやホスラブ・爆サイなどの掲示板に対するIPアドレスの仮処分申立ての弁護士費用、その後のプロバイダに対する発信者情報開示訴訟の弁護士費用の相場は、以下のとおりです。
IPアドレス等開示の仮処分申立ての弁護士費用相場
着手金10万円〜30万円、成功報酬10万円〜30万円
発信者情報開示訴訟の弁護士費用相場
着手金10万円〜30万円、成功報酬10万円〜30万円
なお、当法律事務所の弁護士費用の目安については、以下のページをご参照ください。
開示請求の対象が、少ない投稿数であれば、弁護士費用総額50万円前後で犯人を特定できるように料金設定をしております。
金額に幅が出てきてしまっている理由としては、弁護士により設定している費用が違うという点もありますが、多くの場合、発信者情報開示請求をしたいと考える投稿数が複数件あるからです。
例えば、ホスラブの一つのスレッドに、複数誹謗中傷の投稿・レスがあった場合には、一つの発信者情報開示の仮処分によりIPアドレスの開示請求を行うことはできますが、その投稿内容や投稿数によって弁護士にかかる労力が変わってきますので、金額に幅が生じます。
また、ホスラブから複数のIPアドレス等が開示された場合に、複数のプロバイダから投稿していたことがわかる(複数人の犯人がいることが分かる)場合、プロバイダごとに複数の発信者情報開示訴訟をする必要が生じます。その際には、一つ一つの訴訟ごとにそれぞれ着手金や成功報酬が必要になりますが、ボリュームディスカウントに応じてくれる弁護士もいますので、金額に幅が生じます。
では、発信者情報開示を行い、犯人が特定されるまでに実際にかかった弁護士費用総額はいくらくらいなのでしょうか?
当法律事務所では、発信者情報開示請求事件について、被害者側(発信者情報開示請求をする側)、投稿者側(発信者情報開示請求をされた側)いずれの事件も多く取り扱っております。
当法律事務所の弁護士がこれまでに取り扱った発信者情報開示請求事件において必要となった弁護士費用や、被害者側の弁護士から示された弁護士費用の内訳を精査すると、概ね100万円前後の費用が掛かっているケースが多く、発信者情報開示請求に要する弁護士費用総額はおおよそ100万円が相場であると言えそうです。
もちろん、開示対象の投稿数が少ない場合など、これよりも安く収まっている事例もあります。一方で、多数の誹謗中傷投稿について開示請求をおこない、これよりも高額になっている事例もあります。
では、犯人特定するための発信者情報開示の手続きにかかった弁護士費用について、特定された犯人に請求することができるのでしょうか??
以下、解説をしていきます。
弁護士費用に関する裁判所の考え方
投稿者に対して弁護士費用や慰謝料を請求する根拠は不法行為に基づく損害賠償請求(民法第709条)ということになります。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
裁判所は通常、不法行為に基づく損害賠償請求については、裁判所が認めた慰謝料の金額の1割程度の弁護士費用しか認めません。
たとえば、裁判所が慰謝料を50万円と認めれば、弁護士費用は5万円ということになります。
しかし、これでは被害者は発信者情報開示請求をして投稿者を特定したものの、金銭的には赤字となってしまいます。それも仕方ないというのも一つの考え方ですが、金銭的に赤字になってしまうのであれば、被害者は弁護士への依頼を躊躇し、違法な投稿が放置される世の中になってしまいます。
これはおかしいだろうということで、これまで多くの弁護士がこの問題に取り組み、「調査費用」として請求するという理屈が生み出されました。
というのも、配偶者の不倫相手を特定するために探偵に依頼した場合の探偵費用(調査費用)は、裁判所は損害として認定してくれる事例があります。
発信者情報開示請求に要した弁護士費用も、被害者にとってみれば投稿者を特定するために必要不可欠な費用であり、かつ被害者が自分で同じ手続きを行うことは困難です。
そのため、調査費用として請求すれば、通常の弁護士費用とは別に損害として認定してもらえるのではないかという考え方です。
弁護士費用・調査費用の全額を損害と認めた3つの裁判例
この調査費用として請求するという考え方について裁判所はどう見ているのでしょうか。
犯人特定のための発信者情報開示請求にかかった弁護士費用・調査費用の全額を損害と認めた裁判例として、以下の3つの裁判例を紹介します。
- 東京高判平成27年5月27日
- 東京高判令和2年1月23日
- 東京高判令和3年5月26日
東京高判平27.5.27は次のように判断しました。
発信者を特定するための調査には、一般に発信者情報開示請求の方法を取る必要があるところ、この手続で有効に発信者情報を取得するためには、短期間のうちに必要な保全処分を行った上で適切に訴訟を行うなどの専門的知識が必要であり、そのような専門的知識のない被害者自身でこの手続を全て行うことは通常困難である。そうすると、被害者が発信者を特定する調査のため、発信者情報開示請求の代理を弁護士に委任し、その費用を支払った場合には、社会通念上相当な範囲内で、それを名誉毀損と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である
東京高判平成27年5月27日
結論としては、被害者が弁護士に支払った調査費用全額を投稿者に請求することが認められています。
また、その後も、東京高判令2.1.23において、
インターネット上の電子掲示板に掲載された匿名の投稿によって名誉等を毀損された者としては、発信者情報の開示を得なければ、名誉等毀損の加害者を特定して損害賠償等の請求をすることができないのであるから、発信者情報開示請求訴訟の弁護士報酬は、その加害者に対して民事上の損害賠償請求をするために必要不可欠の費用であり、通常の損害賠償請求訴訟の弁護士費用とは異なり、特段の事情のない限り、その全額を名誉等毀損の不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。そして、本件における発信者情報開示請求訴訟の弁護士報酬が不相当に高額であることを認めるに足りる証拠はなく、他にその一部について相当因果関係を否定すべき特段の事情の存在はうかがわれない。
東京高判令和2年1月23日
これは、発信者情報開示手続きにかかる弁護士費用・調査費用が200万円ほど掛かっていた事案で、投稿者からは調査費用が高すぎるという反論がされていましたが、裁判所はその全額の請求を認めました。
さらに、東京高判令3.5.26でも、
確かに、インターネット上の電子掲示板において匿名の誹謗中傷を受けた場合において、被害者本人が、弁護士に依頼することなく、投稿者を特定するための手続を行うことは可能ではある。しかしながら、前記検討のとおり、匿名の投稿者を特定するためには、数段階の手続を経る必要があるところ、プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求訴訟等を含むこれらの手続を適切に行うためには、インターネットをめぐる法的紛争に関する専門的知識が必要である。また、経由プロバイダにおけるアクセスログは、短期間で消去されてしまうことから、匿名の投稿者を特定するためには、一連の手続を迅速に行わなければならず、必要に応じて保全手続も行わなければならない。これらの事情に鑑みれば、匿名の誹謗中傷による被害を受け、迅速な対応を求められる被害者が、弁護士に依頼することなく、投稿者を特定するための手続を自ら行うのは相当困難であって、被害者に対してこれを期待するのは酷であるといわざるを得ない。
東京高判令和3年5月26日
として、発信者情報開示請求に要した弁護士費用全額の請求が認められています。
投稿者への弁護士費用の請求が容易になった!?
先に見てきた3つの裁判例が出されるまでの間には、発信者情報開示請求にかかった弁護士費用・調査費用の1割を損害額として認定した裁判例や、1割を超えるものの、一部しか認めない裁判例も散見されます。
しかしながら、それらの裁判例はいずれもなぜ1割なのか、あるいはなぜ一部なのかについて説得力のある理由を示しているとはいえないものばかりです。
調査費用として弁護士費用全額の請求を認める各裁判例の方が説得的であることは明らかです。ポイントは、「発信者情報開示請求には専門的知識が必要であること」、「被害者がこれを自ら行うのは相当困難であること」、「通常の損害賠償請求の弁護士費用とは異な」る性質の費用であることです。
被害者や被害者から依頼を受けている弁護士としてはこれらの裁判例における判断を元に、引き続き弁護士費用全額の請求を行うべきです。
発信者情報開示請求に要した弁護士費用の請求について、現在のところは統一的な見解はありません。
しかしながら、裁判例の蓄積により、投稿者に対して弁護士費用・調査費用の全額を請求することは今後どんどん容易になっていくものと考えられます。
今後の発信者情報開示請求と弁護士費用の変化
2021年4月21日は改正プロバイダ責任制限法が成立しました。
これにより、発信者情報開示請求は今よりも少しだけ手続きが簡単になり、弁護士費用や実費の負担も抑えられるようになる見込みです。
弊所の弁護士たちは、常に最新の法改正、裁判例の分析検討を行っております。
誹謗中傷や迷惑行為にお困りの場合は、弊所までお気軽にお問い合わせください。