最判平成31年2月19日は、夫婦の一方の不倫相手である第三者に対する離婚慰謝料請求について、「特段の事情」がない限り離婚慰謝料請求はできないとして、請求を棄却しました。
この裁判では、不貞慰謝料請求権が消滅時効にかかっていたため、やむを得ず、離婚慰謝料請求をした事案です。
不貞慰謝料請求と離婚慰謝料請求では、消滅時効に違いがあるのです。
この時効のように、夫婦の一方が不倫をした場合の不貞慰謝料と離婚慰謝料には、いくつかの違いがあります。
簡単な事例で考えてみましょう。
あるところに、XさんとAさんの夫婦がいました。
夫婦の片方であるAさんが、Bさんと不倫をしました。
その不倫を原因として、XさんとAさんは離婚しました。
不倫をされたXさんは、自分との信頼関係を無下にして不倫した配偶者のAさんや、不倫相手のBさんに対し、何かしてやりたいと考えています。
どのような解決策があるでしょうか?
このような場面で、Xさんが金銭的な解決を求める手段としてよくあげられるのが
【1】不貞慰謝料(不貞行為自体を理由とする慰謝料)請求 と、
【2】離婚慰謝料(離婚に伴う慰謝料)請求 です。
インターネットで調べると、両方の検索結果が出てくることになりますし、2つを全く同じものであると誤認している人も少なくありません。
では、よく見る2つの請求権は何が違うのか。弁護士が分かりやすく解説します。
請求根拠(不貞慰謝料と離婚慰謝料の違い)
不貞慰謝料請求権と離婚慰謝料請求権の2つの請求権はどちらも、不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)を根拠条文とする点では共通します。
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民法
しかし、具体的な請求根拠、不倫により侵害される被侵害利益の内容が異なります。
不貞慰謝料請求の根拠・被侵害利益
不貞慰謝料請求における被侵害利益は「他方の配偶者の夫又は妻としての権利」(最判S54.3.30)であると判示されています。
「他方の配偶者の夫又は妻としての権利」とは、夫婦がお互いに追っている義務の履行を求める権利のことです。
とりわけ、端的にいえば、貞操義務(民法770条1項1号)すなわち、配偶者以外の人と性的な関係をもたない義務の履行を求める権利のことを指します。
第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
民法
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2 裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。
必ずしも挿入を伴わなくてもキスやペッティングでも不貞行為・貞操義務違反行為は認定されますし、昨今では、必ずしも不倫は異性間のみには限られていません(最判R3.3.17)。
同性間の不貞慰謝料や同性カップルの不貞慰謝料請求については、以下の記事もご参照ください。
不貞慰謝料は、これまでに見てきたとおり、一方配偶者が第三者(不倫相手)と不倫をしたことによって「他方の配偶者の夫又は妻としての権利」が害されたこと自体に対する慰謝料です。
不倫自体によって加えられた精神的苦痛を、金銭的に賠償させるためのものです。
不貞慰謝料額の算定においては、不倫による婚姻関係破綻の有無と程度・婚姻年数・互いの年齢・子供の有無・不倫をはじめた経緯・不倫の期間や回数及び頻度・収入や社会的地位・不倫についての積極性(どちらが主導的立場にあったのか・落ち度があったか等)・不倫の前歴の有無・同棲や妊娠の有無・反省の程度や謝罪などが考慮されます。
特に「不倫による婚姻関係破綻の有無と程度」については、不貞行為の結果として婚姻関係が破綻し、離婚するに至った場合には、不貞慰謝料の被侵害利益(「夫又は妻としての権利」という人格的利益)に対する侵害も大きかったものと評価できるので、不貞慰謝料の増額要素として考慮されます。単純に離婚自体慰謝料を上乗せすることは許されません。
離婚慰謝料請求の根拠・被侵害利益
離婚慰謝料請求における被侵害利益は「配偶者たる地位」であると考えられています。
たとえば、夫婦であれば、同居・協力・扶助をする義務(752条)、婚姻費用を分担する義務(760条)、日常家事による債務の連帯責任(761条)などが民法で定められています。また、配偶者は、もう一方の配偶者が死亡した際に、常に相続人となる(890条)ことも定められています。
そのような「地位」を喪失したことが、離婚慰謝料請求をする原因になります。
離婚慰謝料は、かつて財産分与規定のなかった社会に対応するために認められるようになった法概念であって、配偶者間の離婚給付としての機能を有します。
しかし、離婚の際の財産分与制度が設けられた現在でも、財産分与とは別に、救済として離婚慰謝料請求権は認められます(最判S31.2.21)。
離婚慰謝料は、以下の二つの慰謝料原因を含むものであると考えられています。
- 離婚原因となった有責行為(不倫)それ自体による精神的苦痛に対する慰謝料(離婚原因慰謝料)
- 離婚という結果そのものから生ずる精神的苦痛に対する慰謝料(離婚自体慰謝料)」
離婚原因となった不倫については、日時・場所・態様が厳密に1つずつで主張されるのではなく、概括的に主張されるのが通常なので、不倫から離婚までの一連の経過を1個の不法行為として捉えて不法行為に基づく損害賠償請求権をできるとしています。
不倫によって離婚した場合には、離婚慰謝料請求と左記の不貞慰謝料請求をまとめて請求することができます。しかし、ふたつは被侵害利益が異なり、慰謝料の中身が違うので、単純に足し合わせることはできません。
離婚慰謝料額の算定においては、離婚についての責任の有無・大小の他に、婚姻生活の長短・離婚後の財産取得能力・再婚可能性の有無なども考慮されるともいわれています(我妻栄『親族法』(有斐閣・1961)p.161)。
不貞以外の事情が認められない場合は、不貞慰謝料よりも離婚慰謝料の方が高額になるのが通例です。
時効の起算点(不貞慰謝料と離婚慰謝料の違い)
不貞慰謝料請求権も離婚慰謝料請求権も、どちらも不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)の一種です。
「不法行為に基づく損害賠償請求権」には、消滅時効(民法724条)が定められています。
第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
民法
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
この規定は、事実関係と法律関係がズレていても、一定の事実状態が続いたときには事実関係を尊重しようという趣旨と、「権利の上に眠る者は保護せず」といわれるとおり、法律関係と一致しない事実状態を放置していたような場合には権利を失っても仕方がないという趣旨から定められています。
消滅時効のうち、短期消滅時効については、条文上「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年」(同条1号)と定められています。
債権者が権利を行使することができることを知った時が(起算点)です。
そして、不法行為の消滅時効の起算点がいつなのかが、不貞慰謝料請求権と離婚慰謝料請求権で異なります。
不貞慰謝料請求の消滅時効の起算点
不貞慰謝料請求権は、不貞行為が継続的なものであっても、夫婦の一方が他方と第三者との不貞行為を知った時から、それまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行する(最判H6.1.20)と考えられています。
夫婦の一方の配偶者が他方の配偶者と第三者との同せいにより第三者に対して取得する慰謝料請求権については、一方の配偶者が右の同せい関係を知った時から、それまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行すると解するのが相当である。けだし、右の場合に一方の配偶者が被る精神的苦痛は、同せい関係が解消されるまでの間、これを不可分一体のものとして把握しなければならないものではなく、一方の配偶者は、同せい関係を知った時点で、第三者に慰謝料の支払を求めることを妨げられるものではないからである。
最判平成6年1月20日
すなわち、個々の不倫について、それぞれ、不貞行為の存在とその相手方を知った時が消滅時効の起算点になります。
離婚慰謝料請求の消滅時効の起算点
離婚慰謝料請求は、配偶者が不倫したことを原因として「離婚したこと」に伴う慰謝料を求めるものです。
これは夫婦が離婚には至っていない場合には請求できません。
離婚は、夫婦で話し合って離婚届を出す場合(協議離婚)であっても、裁判所が関与して当事者の合意により離婚する場合(調停離婚)や、一方による離婚請求を裁判所が認容することにより離婚する場合(裁判離婚)であっても、通常は、夫婦間の諍いやすれ違いをきっかけに、じっくり話し合った結果、離婚に至ります。当事者が知らない間に離婚していたという事態は一般的には考えにくいものです。
そのため、離婚に伴う慰謝料を請求することを知っていた時点(離婚慰謝料請求権の消滅時効の起算点)は、離婚時であるとされています(最判S46.7.23)。
消滅時効の完成猶予・更新
3年の消滅時効を過ぎると、その後に同じ不法行為を理由とした請求をすることはできなくなります。
まずは、ご自身が不貞を知ったり、離婚したりしたときから、何年経っているか数えてみてください。
消滅時効が過ぎてしまっていると厳しいところではありますが、
もしまだ徒過しておらず、消滅時効が近づいているだけであれば、焦らずにご相談ください。
消滅時効には「完成猶予」(民法147条1項)と「更新」(同条2項)という制度があり、時効が進むのを止めたり、期限(時効完成)を延長させたりすることができます。
第百四十七条 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
民法
一 裁判上の請求
二 支払督促
三 民事訴訟法第二百七十五条第一項の和解又は民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)若しくは家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)による調停
四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加
2 前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。
この際には、法的な手続をとる必要があります。
ご自身の事情を加味したときに事項の完成猶予の手続きをできるか・するか、弁護士に相談してみてください。
不倫相手(第三者)への請求要件(不貞慰謝料と離婚慰謝料の違い)
不貞慰謝料請求は、不貞行為(不倫)をしたこと自体による精神的苦痛を解消するためのものなので、不倫相手である第三者にも請求することができます。
一方で、離婚慰謝料請求は、不貞慰謝料のように無条件に請求することはできず、特段の事情がない限り離婚慰謝料請求を請求できないと判示しました(最判H31.2.19)。
夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は,これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても,当該夫婦の他方に対し,不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして,直ちに,当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される。第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは,当該第三者が,単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず,当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られるというべきである。
以上によれば,夫婦の一方は,他方と不貞行為に及んだ第三者に対して,上記特段の事情がない限り,離婚に伴う慰謝料を請求することはできないものと解するのが相当である。
最判平成31年2月19日
その理由として、平成31年判決は、
〇 夫婦が離婚するに至るまでの経緯は、その夫婦の諸事情に応じて一様ではなく、
〇 その夫婦の2人の人間の間の作用・反作用の無数の連鎖反応の過程の結果、離婚に至るものである。
(=不倫だけを理由として、画一的にスパンッと離婚するのではなく、不倫以外の不満や話し合っても折り合いがつかなかったことなど、色んな事情によって離婚に至るよね。)
〇 部外者である第三者(不倫相手)は、通常、そのような夫婦間の無数の連鎖反応を知ることはできない。
〇 第三者の行為(不倫)について、不貞行為から離婚に至るまでの一連の過程を1個の不法行為としてとらえるための前提(=自分のどの行為が婚姻関係を破綻させたのかの事前の認識)を欠くように思われる。
〇 婚姻の解消(離婚)は、本来的には夫婦の自由意思によって決定されるものであって、離婚慰謝料の被侵害利益(「配偶者たる地位」という人格的利益)を喪失するに至るまでには、必ず配偶者の自由意思が介在することとなる。すなわち、部外者である第三者は、通常は、「配偶者たる地位」を直接的に侵害することはできない。
(=離婚には必ず、夫婦(不倫した人・された人)の意思決定が介在するから、夫ポジション・妻ポジションを武力行使するなどして直接奪い取ることはできなくて、あくまで離婚に至るふたりの意思決定に影響したとしかいえない。)
と考えています。
つまり、不倫された配偶者が不倫相手に離婚慰謝料を請求するときには、たとえば不倫相手が不倫をした配偶者を騙し、脅迫するなどして離婚に追い込んだなど、単に性交等しただけではなくて、夫婦関係を壊すような・客観的に付加的な干渉行為をしたときにしか請求できない、と裁判所は考えているということです。
特段の事情があったことを主張・立証する責任は、原告側(慰謝料請求をする不倫された配偶者)が負うため、実際にこれが認められることは多くありません。下級審裁判例においても、不貞相手に対する離婚慰謝料請求を容認した例は少数です。
不貞慰謝料と離婚慰謝料の違いのまとめ
これまでに見てきたように、不貞慰謝料請求と離婚慰謝料請求は、時効の起算点・被侵害利益(なにが侵害されたのか)・慰謝料の中身・不倫相手への請求が無条件でできるかに違いがあります。
特に、不貞慰謝料は不貞の事実があれば、無条件で不倫した配偶者と不倫相手に請求できるのに対し、離婚慰謝料は不倫相手による不当な介入(特段の事情)がなければ、請求することができない、という点がポイントです。
このコラムはあくまで一般論ですので、夫婦のご事情や不倫の状態によっても、何をどのように主張するか変わってきます。
また、夫婦関係の解消や修復は、必ずしも法律論だけによるわけではありません。個別具体的な事情を加味して、あなたに寄り添ってともに解決策を検討します。
詳しくは弊所・グラディアトル法律事務所にご相談ください。