業務上横領罪は、仕事で預かった財物を横領すると成立する犯罪です。
「業務上の占有」という身分によって、単なる横領より重く処罰されるため、懲役(実刑)に科せられるリスクも高くなります。
業務上横領罪で有罪となった判例にはどのようなものがあるのでしょうか?
また、事件の内容や、被害金額、示談の有無などによって、量刑にどのような違いが出るのでしょうか?
この記事では、業務上横領罪について実際の裁判例を紹介します。
◉この記事で分かること
・業務上横領罪の有名な裁判例 ・無罪・執行猶予・実刑となった裁判例 ・逮捕率、起訴率、刑の重さなどのデータ |
業務上横領罪の判例が知りたい方は、是非ご一読ください。
目次
業務上横領罪の有名な裁判例
業務上横領罪は、「業務上の占有」という身分によって、横領罪の刑が加重された犯罪です。
有名な裁判例をいくつかピックアップしながら、業務上横領における「業務」や「横領」の意義、親族間や共犯のケースを解説します。
(業務上横領)第253条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の拘禁刑に処する。 |
業務上横領罪における「業務」とは?|最高裁昭和25年3月24日判決
業務上横領罪が成立するには、占有が「業務上」のものであることが必要です。
では、ここでいう「業務」とは具体的にどのような場合を指すのでしょうか?
判例は、犯人の行っていた事務が「業務」といえるかが問題となった事案で、「業務」の意義を次のように示しています。
「刑法第二五三条にいわゆる業務とは法令によると慣例によると将た契約によるとを問わず苟も一定の事務を常業として反覆する場合を指称するのである。従つて本件において判示給与金品の伝達事務が被告人の民生委員としての法令上当然の業務でなくても判示a村において判示日時以降民生委員を通して給与金品を支給されることになり被告人が民生委員としてその事務を担当するに至つた事実のある以上その事務は被告人の業務と解すべきである。」 (出典:最高裁昭和25年3月24日判決|裁判所) |
つまり、業務上横領罪の「業務」にあたるのは、雇用契約や業務委託契約などの法律関係がある場合に限られません。社会生活上の地位に基づき、反復継続して行われる幅広い事務が「業務」として認められる可能性があります。
業務上横領罪における「横領」の意義|最高裁昭和23年7月16日判決
業務上横領罪は、横領行為によって成立する犯罪です。
では、そもそも「横領行為」とは具体的にどのような行為を指すのでしょうか?
判例は、横領罪の意義について次のように判示しています。
「横領罪は他人の物を保管する者が、他人の權利を排除して、ほしいままにこれを處分すれば成立するのであつて、必らずしも自己の所有とし又はこれによつて利益をうることを必要としない。」 「横領罪の成立に必要ないわゆる不法領得の意思とは他人の物を保管する者が他人の権利を排除してほしいままにこれを処分する意思をいうので必ずしも自己の利益取得を意図することを必要とするものではない。 (出典:最高裁昭和23年7月16日判決|裁判所) |
横領と聞くと、自分の利益のために他人の物を不法に取得するような行為をイメージするかもしれません。しかし判例によれば、自分が直接利益を受けていなくても、「本来所有者にしかできないような処分行為」を勝手に行えば、それだけで横領に該当しうると解されています。
業務上預かった財物を無断で処分すると、たとえ私利私欲の目的でなかったとしても、横領に当たる可能性があるのです。
成年後見人の業務上横領は親族間でも処罰されるか|最高裁平成24年10月9日判決
業務上横領罪には、親族間の犯罪に関する特例が設けられています。
加害者と被害者の間に配偶者、直系血族、同居の親族等の身分関係があれば、刑は免除されます。
(親族間の犯罪に関する特例) 刑法 第二百四十四条 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。 |
それでは上記のような親族関係があれば、必ず刑は免除されるのでしょうか?
「平成24年10月9日判決」では、親族が成年後見人に選任されて、被成年後見人の財産を横領したようなケースでも、親族間の犯罪に関する特例が適用されるのかが問題となりました。
このケースで判例は、次のように判示しています。
「家庭裁判所から選任された成年後見人の後見の事務は公的性格を有するものであって、成年被後見人のためにその財産を誠実に管理すべき法律上の義務を負っているのであるから、成年後見人が業務上占有する成年被後見人所有の財物を横領した場合、成年後見人と成年被後見人との間に刑法244条1項所定の親族関係があっても、同条項を準用して刑法上の処罰を免除することができないことはもとより、その量刑に当たりこの関係を酌むべき事情として考慮するのも相当ではないというべきである」 (出典:最高裁平成24年10月9日判決|裁判所) |
成年後見人は、成年被後見人の財産を誠実に管理すべき義務を負った公的な立場にあります。
そのため、親族という身分関係があったとしても刑は免除されません。量刑上も有利に考慮される可能性は低いでしょう。
業務上横領の共犯に業務性(身分)がない場合の科刑|最高裁昭和32年11月19日判決
業務上横領罪が成立するには、行為者に「業務上の身分(業務性)」が必要です。
しかしながら、身分のない人でも、業務上占有者と共謀して横領行為を行えば共同正犯として「業務上」横領罪が成立します。
では、業務上横領の共犯となった「身分のない人」は、「横領罪」と「業務上横領罪」のどちらで処罰されるのでしょうか?共犯者の1人にだけ「業務上の身分(業務性)」が認められた事件で、裁判所は次のように判断しました。
(裁判要旨) 村長、助役が収入役と共謀の上、収入役の保管にかかる新制中学校建設資金の寄附金を横領したときは、刑法第六五条第一項により同法第二五三条に該当する共犯となるが、村長、助役は業務上物の占有者たる身分がないから、同法第二五二条第一項(単純横領罪)の刑を科すべきものである。 (出典:最高裁昭和32年11月19日判決|裁判所) |
業務上横領の共犯者は、「業務上横領罪」の共犯としての罪責を負うことになります。
しかし、科刑の点では「身分なき者」として「単純横領罪」の刑で処罰されるというのが判例の立場です。業務上横領に加担した者は、業務上の身分の有無によって科される刑が異なるのです。
業務上横領罪の量刑|無罪・執行猶予・実刑となった裁判例
裁判例をもとに、業務上横領罪の量刑も見ていきましょう。
無罪・執行猶予・実刑となった裁判例をそれぞれ紹介します。
無罪となった裁判例|大阪高裁平成29年5月18日判決
最初に紹介するのは、業務上横領罪で起訴されて、無罪となった判例です。
(出典: 業務上横領被告事件(大阪高裁平成29年5月18日判決)|裁判所))
【事案の概要】
被告人は、株式会社の建築設計事業部の運営を委託され、会社名義の普通預金口座を管理していました。同口座から、自己の用途に費消する目的で「50万円」を振込入金したところ、「横領」にあたるとして起訴されました。
問題となったのは、被告人が運営を委託されていた「建築設計事業部」の帰属です。
外形上は会社に帰属していたものの、実際には被告人が会社の商号を借りて立ち上げた事業(いわゆる名板貸し)のようにも見えました。
そこで、建築設計事業部が「会社に属するのか」それとも「会社の商号を借りて被告人個人が経営するものなのか」が争点となりました。
【裁判所の判断】
建築設計事業部は,Aの商号を借りて被告人個人が経営するものである可能性を否定できず、したがって、本件口座も被告人に帰属するものである可能性を否定できず、これがAに帰属する「他人の物」に当たることについては合理的疑いがあるから、被告人が、本件口座から50万円をE口座に振り込んだことが横領に当たるとした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわざるを得ない。 |
控訴審では、「建築設計事業部は,外形的にはAに属するような形態を呈しているが、実体としてAの一部門として同社に帰属するとみるには疑問の余地があるといわざるを得ない。」と判断されました。
そうすると、被告人が管理していた預金口座も、会社ではなく被告人に帰属していた疑いが残ります。そのため自己の占有する「他人の物」の横領には該当しないとして無罪が言い渡されました。
執行猶予付き判決となった裁判例|神戸地裁 平成26年9月2日判決
次に、業務上横領罪で執行猶予付き判決が言い渡された判例を見ていきましょう。
(出典:業務上横領事件(神戸地裁 平成26年9月2日判決)|裁判所)
【事案の概要】
被告人は、司法書士として遺言執行者の指定を受けて、相続財産の管理業務に従事していました。しかし、預かり保管中に預金残高約750万円を、自己の用途に費消する目的で、自分の口座に振込入金をしたとして、業務上横領罪で起訴されます。
被告人は「自己の用途に費消する目的はなかった」と述べたものの、認められず「懲役2年6月(執行猶予3年)」の判決が言い渡されました。
【量刑の理由】
遺言執行者の司法書士による相続財産の横領事件であり,厳しく非難されるべき犯行である。被告人が成年後見センター・リーガルサポートの成年後見人として遺言執行者に就任することになった経緯からも,本件の犯行は司法書士の業務に対する社会の信用を失墜させるものであり,社会的な影響の点でも責任は重い。 横領額は多額であるが,相続人と紛争になっている以上,預金の存在を相続人に隠して確定的に自己のものとすることは不可能であり,今回の犯行は,公私混同による一時的な私的流用という程度のものと考えられる。相続人とは和解が成立し,被害弁償は既に終了してもいる。被告人は,懲戒処分により司法書士登録を取り消され,再犯の可能性はない。そうすると,本件については,上記の行為責任に相応した刑を量定した上で,その刑の執行を猶予することが相当である。 |
横領額は「約750万円」と多額であり、司法書士の信用失墜行為として社会的な影響が強いため、重く処罰される可能性が高いケースです。
しかし次のような点が考慮されて、執行猶予付き判決となりました。
・和解が成立して被害弁償を行っていた ・司法書士登録が取り消されており、再犯の可能性がなかった |
懲役(実刑)となった裁判例|東京地裁 令和3年5月10日判決
最後に、懲役(実刑)判決が言い渡された裁判例をご紹介します。
(出典: 業務上横領事件(東京地裁 令和3年5月10日判決)|裁判所)
【事案の概要】
被告人は、郵便局総務部の課長として、会計事務の総括や現金出納、資産管理等の業務に従事していました。
同郵便局では、内部ルールに反して、収納済み切手の消印処理等がなされない場合があるという特殊な運用が常態化。被告人は、収納した郵便切手を「自己の用途に費消する目的で売却した」として業務上横領罪が成立しました。
売却した郵便切手の枚数は370万枚、額面合計は約1億7000万円に上りました。
【量刑の理由】
以下のような点が考慮された上で、相応の刑期の実刑を免れないとして、懲役3年の実刑判決が下されました。
・被告人は、会計事務を総括する立場にありながら、内部ルールに反した運用に乗じる形で、約1年10か月にわたり合計164回も着服を繰り返した。 ・被害にあった切手は枚数にして370万枚を超え、額面額合計は約1億7600万円に上っている。 ・常習性も甚だ顕著であって、なお厳しい非難に値する。 ・被告人は、約1億7000万円分の弁償を遂げ、更に200万円の追加弁償を申し入れている ・前科がなく,謝罪・反省の態度を示そうとしている ・妻が今後の監督を誓約している |
横領の罪の量刑相場(業務上横領・単純横領・遺失物横領も含む)
ここまで業務上横領罪の有名判例を見てきましたが、実際の量刑はどのようになっているのでしょうか?横領の罪に関する「逮捕率や起訴率、刑の重さ」などのデータを紹介します。
ただし、ここで示す数字はあくまでも統計上のデータです。実際には、事件の内容や被害金額、前科の有無、示談の成否などによって大きく変わってきます。
また、業務上横領罪だけではなく、刑の軽い「単純横領罪・遺失物横領罪」のデータも含まれているので注意してください。
横領の罪の逮捕率・起訴率
【逮捕率・起訴率】
横領の罪 | 刑法犯全体 | |
---|---|---|
逮捕される者の割合 | 15.8% | 38.5% |
起訴率 | 22.3% | 36.8% |
(引用:2023年 検察統計調査(罪名別 既済となった事件の被疑者の逮捕及び逮捕後の措置別人員),検察統計調査(罪名別 被疑事件の既済及び未済の人員)|法務省)
法務省のデータによると、横領の罪における逮捕率は15.8%、起訴率は22.3%となっています。ただし、業務上横領罪は「横領の罪」の中で特に法定刑の重い犯罪です。業務上横領に限れば、さらに上がる可能性が高いでしょう。
業務上横領罪では、示談の成否が処分に与える影響が大きいと言われています。被害弁償を行い、被害者と示談が成立すれば、逮捕や起訴を免れる可能性が高くなります。
※関連コラム「業務上横領で逮捕までの流れは?7つのステップに分けて具体的に解説」
刑の重さ(懲役(実刑)・執行猶予など)
【刑の重さ(懲役・執行猶予など)】
実刑 | 執行猶予付き | |
---|---|---|
総数 | 156 | 299 |
(10年以下) | 2 | ー |
(7年以下) | 3 | ー |
(5年以下) | 27 | ー |
(3年) | 7 | 32 |
(2年以上) | 39 | 76 |
(1年以上) | 28 | 147 |
(6月以上) | 42 | 43 |
(6月未満) | 8 | 1 |
(引用:令和5年 司法統計年報(刑事編) (第34表 通常第一審事件の有罪(懲役・禁錮)人員)|裁判所)
裁判所のデータによれば、令和5年に「横領の罪」で有罪となった者のうち、実刑判決を受けたのは156人、執行猶予付き判決を受けたのは299人でした。
ただし、このデータには業務上横領だけでなく、刑の軽い「遺失物横領」や「単純横領」のデータも含まれています。業務上横領罪に限れば、長期の懲役や実刑の割合が高くなるでしょう
業務上横領罪で逮捕、起訴を防ぐならグラディアトル法律事務所へご相談ください
業務上横領罪を疑われたら、ぜひ私たちグラディアトル法律事務所へご相談ください。
おそらく、業務上横領を疑われてしまった方にも様々なご事情があることでしょう。
前述の無罪となった事件のように、実は業務上横領罪が成立していない可能性もあるかもしれません。
しかし、どういったケースであれ、何の対処もせずに放置しておくと、逮捕・起訴される可能性は高くなります。横領を認めるにしても、事実関係を争うにしても、すぐに弁護士に相談して、逮捕・起訴を阻止するための行動を起こすことが必要です。
弊所は、横領・背任などの財産事件を数多く取り扱っており、豊富なノウハウと確かな実績を有した法律事務所です。これまでにも数多くの方から、ご相談をいただき、難しい示談交渉を成立させて、事件を解決してきました。
◉業務上横領罪で、グラディアトル法律事務所ができること
・それぞれ得意分野をもった13名の弁護士が在籍 ・横領の事実関係を調査して、有利な証拠を収集する ・経験豊富な弁護士が、粘り強く被害者と交渉して、刑事事件化を防ぐ ・豊富な刑事裁判の実績を活かして、不起訴、無罪、執行猶予を獲得する ・24時間365日相談受付(最短で即日、ご対応可能) |
ご相談をいただくタイミングが早いほど、逮捕、起訴を防げる可能性は高くなります。業務上横領罪を疑われた方は、1人で悩むのではなく、ぜひ弊所までご相談ください。
まとめ
最後に、記事で紹介した判例の考え方をまとめます。
・「業務」とは、社会的地位に基づいて継続的に行われる事務のこと(法律関係に限らない) ・「横領」とは、本来所有者にしかできないような処分行為をすること ・親族間でも、成年後見人のように「親族間の犯罪に関する特例」が適用されないケースもある ・共同正犯が成立しても、身分のない共犯者の科刑は「単純横領罪」となる |
業務上横領罪は、単純横領罪と比べても、実刑となるリスクが高い犯罪です。
逮捕・起訴を防ぐには、弁護士に依頼して示談交渉を行い、被害弁償をすることが欠かせません。業務上横領の疑いをかけられたら、一刻も早く弁護士に連絡して、逮捕・起訴を防ぐための行動を起こしましょう。
この記事が役に立った、参考になったと感じましたら、是非グラディアトル法律事務所にもご相談ください。