【盗撮】迷惑行為防止条例違反で無罪となった裁判例【福岡】

弁護士 若林翔
2020年02月04日更新

こちら今回の記事では,福岡県内で女性のスカート内を撮影しようとした男性が無罪判決を勝ち取った事例を紹介しよう。

盗撮行為は主に,各都道府県の迷惑行為防止条例または軽犯罪法で規制されている。

下記で紹介する裁判例は,福岡県の迷惑行為防止条例において問題となった事例だ。

撮影行為が無罪になった裁判例

無罪判決ということもあり,判決文がどうしても長くなってしまう関係で事案の概要と無罪判決の理由を簡単に紹介する。

事案の概要

当時24歳の女性(被害者)が福岡県内の雑貨店にて買い物をしていたところ,40代後半の男(被告人)が被害者のワンピースの下から下着を撮影する目的で携帯電話にて撮影をしたかどうかが問題となった。

被告人は,5秒間の動画を2度にわたって撮影したとされ,2度目の撮影終了後に被害者に気付かれて逃走した。

被告人は逃走中の店舗内階段にて携帯を落とし,被告人を追いかけいた被害者がその携帯を拾ったところ,被告人はその携帯を被害者から強引に取り返した。

その後まもなく店舗の保安員に捕まり,警察に引き渡されたという事案だ。

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条例違反として盗撮行為が処罰されるための要件

福岡県では,福岡県迷惑行為防止条例によって盗撮行為が規制されている。

今回の事例は,被告人は女性のスカート内を撮影したとされる動画を記録していなかったため(正確にいえば,「天井及び人の肌とみられる被写体は記録されていたものの判別が難しかった」),いわゆるカメラの「差し向け」があったかどうかが問題となる。

条例においては,

「道路、公園、広場、駅、空港、ふ頭、興行場、飲食店その他の公共の場所(以下「公共の場所」という。)又は汽車、電車、乗合自動車、船舶、航空機その他の公共の乗物(以下「公共の乗物」という。)」という場所において,

通常衣服で隠されている他人の身体又は他人が着用している下着を撮影する目的で写真機を設置し,又は他人の身体に向ける」行為が処罰の対象となっている。

 

これを本問の事案に即して見ていくと,

①雑貨店という商業施設が「公共の場所」に該当し,

②女性のスカート内という「通常衣服で隠されている他人の身体又は他人が着用している下着」を

③「撮影する目的で

④カメラを「向け」たこととが条例違反に該当するとされたのである。

⑤上記撮影に「正当な理由がない」こと

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盗撮行為が規制される場所

福岡県内においては,盗撮行為が規制されている場所として「公共の場所」や「公共の乗物」が挙げられる。

今回の事案では,雑貨店という商業施設で撮影行為がなされているため,2条2項にいう「その他の公共の場所」に該当するといえるだろう。

盗撮行為が規制される行為

男性は,スマホで動画を撮影こそしていたものの,撮影によって記録された被写体が明らかではなかったために6条2項1号にいう「撮影」行為があったとは認定されなかった。

そこで,カメラを「向け」た(6条1項2号)という疑いをもたれて起訴されたのである。

盗撮行為の罰則

福岡県内での盗撮行為に対する罰則は,6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金となっている。

 

盗撮の疑いで起訴されるまでの経緯

今回の事案では,被告人は福岡県迷惑行為防止条例6条2項2号の罪で起訴されている。
求刑は罰金40万円だ。

6条2項2号では,盗撮行為の中でもいわゆるスマホなどを差し「向け」ることが処罰の対象となっている。

下に書いてある無罪判決の理由に詳細に記載はしているが,被告人が盗撮し撮影したとされる動画はいずれもブレがひどく被写体の判別が困難であったという事情がある。

そこで検察は,撮影したこと自体の証拠に欠け6条2項1号における「撮影すること」の立証が難しいことから,2号における「差し向け」での起訴に踏み切ったと考えられる。

(卑わいな行為の禁止)
第六条 1項略
2 何人も、公共の場所、公共の乗物その他の公衆の目に触れるような場所において、正当な理由がないのに、前項に規定する方法で次に掲げる行為をしてはならない。
一 通常衣服で隠されている他人の身体又は他人が着用している下着をのぞき見し、又は写真機、ビデオカメラその他これらに類する機器(以下この条において「写真機等」という。)を用いて撮影すること。
二 前号に掲げる行為をする目的で写真機等を設置し、又は他人の身体に向けること。

(罰則)
第十一条 1項略
2 第二条又は第六条から第八条までの規定のいずれかに違反した者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

第十二条 常習として前条第二項の違反行為をした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

引用|福岡県迷惑行為防止条例

 

無罪判決の理由

詳細な理由については後述する判旨をご覧いただきたいが,要は迷惑行為防止条例の構成要件に該当しなかったということになる。

構成要件は上述したとおり,①から⑤までの要件を全て満たす必要がある。

しかし,本件においては主に④(カメラを「向け」たこと)が認められなかった。

当サイトでは,盗撮トラブルに巻き込まれてしまった方向けの記事をいくつか書いている。
全国の都道府県では,撮影自体を規制している自治体と,撮影のみならず撮影のために設置または差し向けを規制している自治体が混在している。

スマホなどを差し向けたかどうかを判断するうえでも,非常に興味深い裁判例となっている。

今回の事例で特に重要になってくるのは,盗撮によって得られた動画自体が手ブレがひどく被写体が判別できない点にあると思われる。

仮に,ブレの少ない動画であればそれ自体を証拠として6条1項1号違反にも問うことができるであろうし,2号違反についても下着などの写った動画が撮影されていた=下着を撮影するために携帯を下着に「差し向け」ていた,といったことが容易に立証できることだろう。

 

無罪になった判決文の抜粋

引用|福岡地方裁判所平成29年(わ)第1100号 福岡県迷惑行為防止条例違反被告事件

【1 本件公訴事実とこれに対する被告人・弁護人の認否】
本件公訴事実は、「被告人は、正当な理由がないのに、平成29年4月21日午後4時8分ころ、(住所略)のB株式会社C店3階D店において、A(別紙記載のもの。当時24歳)に対し、同人のワンピース内の下着を撮影する目的で、その背後から同人着用のワンピース下方に、動画撮影機能を起動させた携帯電話機を差し入れ、もって公共の場所において、人を著しく羞恥させ、かつ、人に不安を覚えさせるような方法で、写真機等を他人の身体に向けた。」というものであるが、被告人は、公訴事実記載の日時場所にいたことは間違いないものの、Aのワンピース下方に携帯電話機を差し入れていないと述べており、弁護人は、被告人の述べる事実関係を前提として、福岡県迷惑行為防止条例違反の罪は成立せず、無罪である旨主張している。
なお、福岡県迷惑行為防止条例は、公衆の目に触れるような場所において、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、通常衣服で隠されている他人の身体又は他人が着用している下着をビデオカメラ等の機器で撮影する目的で、ビデオカメラ等を設置し、又は他人の身体に向けることを禁止している(同条例6条2項2号)。
そこで、本件においては、平成29年4月21日午後4時8分ころ、被告人が、Aのワンピース下方に動画撮影機能を起動させた携帯電話機を差し入れたかどうかが争点である。

 

【2 前提事実】
証拠によれば、以下の事実が容易に認められ、当事者間も争っていない。
(1) 略
(2) ・・・被告人は、Aの後を追って同じくDの店内に入った後、所持していた二つ折りの黒色携帯電話機(以下「本件携帯電話」という。)の動画撮影機能を起動させ、午後3時59分ころに約12秒間、午後4時8分ころに約7秒間、それぞれ動画を撮影した(以下、この動画を順に「第1動画」、「第2動画」という。)。
本件携帯電話は動画撮影を終了した際には、機械音が鳴る仕組みとなっている。
第1動画及び第2動画は、いずれも撮影対象が明確に映っているものではなく、大きく手ぶれが生じている動画であり、第1動画は室内灯人の肌や服様のものが映り込んでいることが分かるが、第2動画は撮影対象として判別できるものはない。
(3) 被告人の存在に気が付いたAは、その場から離れた被告人を追いかけ、C店の3階から階段を下りた。被告人は、C店2階にいたが、C店の3階と2階の間の階段で本件携帯電話を落としたことに気が付き、本件携帯電話を取りに同階段付近に戻った。一方、その間に、Aは、C店の3階と2階の間の階段で本件携帯電話を発見して拾得していたため、本件携帯電話を取りに戻った被告人は、Aから本件携帯電話を取り返そうとして、Aともめ、最終的にAのバッグ内から本件携帯電話を取り返し、さらに、その場から階段を下りて逃げた。
その後、被告人は、C店の外へ出たが、間もなく、被告人の後を追ってきたC店の保安員に捕まった。そして、被告人は、110番通報によりかけつけた警察官から所持品検査を受け、被告人がナイフを所持していたことから銃砲刀剣類所持等取締法違反により逮捕された。

 

【3 Aの供述について】
(1) Aの供述の概要
Aは、当公判廷において、次のように供述している。
「私は、・・・かばん置場の方へ向かい、壁面に陳列されているリュックサックを見ていた。そして、自分の後ろからカシャとかピロンとかいったような携帯電話の音が鳴ったため、右に振り返ると、自分の右下辺り、1メートルもない距離にしゃがんでいる男性が見えた。その男性の頭は、自分の膝辺りで、頭は自分の方を向いており、手に黒い物、おそらく携帯電話を両手で持っていた。私は、音と男性の姿から盗撮されたのかなと思った。すると、その男性は立ち上がって棚を一周してDの店外へ出たため、私は、その男性を追いかけた。その男性は、階段を下りて行ったため、私も3階から階段を下りて行ったところ、階段の途中で携帯電話を拾った。私が2階に下りたところ、『携帯返せ。』と叫びながら先ほどの男性が戻ってきたため、私と男性はもみ合いになり、その後、その男性は、私のかばんの中から携帯電話を取って走って逃げた。」
(2) Aの供述の信用性

(3) 弁護人の主張
・・・そして、被告人自身が、当公判廷において、D店内で第1動画及び第2動画を撮影した旨述べていることからも、Aは、第2動画の撮影終了直後に被告人の存在に気が付いたと認めるのが相当である。

 

【4 被告人の捜査段階の供述(自白)を除いた証拠からの推認について】
・・・被告人は、D店内で午後3時59分ころと午後4時8分ころの2回にわたり本件携帯電話の動画撮影機能を起動させて動画を撮影したこと、AがD店内において壁面に陳列されたかばんを見ていた際に、被告人は、Aの付近で本件携帯電話で第2動画の撮影を終了し、その直後には本件携帯電話を手にしてしゃがんでいたこと、Aが振り返った直後に、被告人は、Aから逃げるようにDの店外へ出て、C店の3階から2階に階段を下りたこと、その後、本件携帯電話を落としたことに気が付いた被告人は、Aから強引に本件携帯電話を取り返したことが認められる。
このような認定事実からすれば、被告人は、D店内において本件携帯電話で2回にわたり動画を撮影し、Aの付近で第2動画の撮影を終了した後、Aにその存在を気付かれるやその場から逃げ去り、その後、本件携帯電話を拾ったAから本件携帯電話を強引に取り返すなど不自然な行動をとっているのであり、手ぶれが大きい2つの動画の内容、とりわけ天井や人の肌や服様のものが映り込んでいる第1動画の内容をも併せ考えると、Aに対する盗撮行為をしようとしていた疑いがあり、被告人自身も、当公判廷において、Aの身体等を撮影しようとして本件携帯電話で動画の撮影をしたこと自体は認めている。
もっとも、第1動画及び第2動画の内容についてみると、激しく手ぶれがされた状態であり、第1動画については人肌らしきものが一瞬映っているともいえるが、これが誰のどの部分が映っているのか不明であるし、第2動画については撮影対象は判別できない。
そうすると、被告人の捜査段階の供述(自白)を除いた証拠からは、被告人がAのワンピース下方に本件携帯電話を差し入れたとの事実を認定することまではできない。・・・

 

【5 被告人の捜査段階の供述(自白)の信用性について】
(1) 被告人の捜査段階の供述(自白)の概要
・・・「私は、C店3階で女性を見つけ、この女性のパンツを盗撮したいなと思った。・・・そして、・・・カメラレンズが天井を向くようにして女性のスカート内に約5秒間差し入れた。そのとき、私の体勢は、立った状態で90度くらい角度をつけるようにして上半身を前屈みにしながら、携帯電話を持った手を伸ばして差し入れた。・・・私は、女性のスカートの中に携帯電話を差し入れた時に角度の付け方を失敗したように感じたので、女性のパンツが映ってないかもしれないと思った。私は、確実に女性のパンツが映るようにもう1度盗撮を試みようと・・・再び録画ボタンを押し、女性の背後から1回目と同じ方法で、女性のスカート内に携帯電話を約5秒間差し入れた。その後、携帯電話を引っ込めながら録画停止ボタンを押したときくらいに相手の女性が顔だけ私の方を振り向いてきた。私は、盗撮が見つかったかもしれないと思い、慌ててその場から早歩きで立ち去った。」
(2) 本件自白の信用性
本件自白の内容はそれなりに具体性をもったものであることは否定できない。
しかしながら、本件自白には、大きく不合理な点が複数存在する。
まず、本件自白においては、被告人は、第1動画及び第2動画の撮影方法について、立った状態で90度くらい角度をつけるようにして上半身を前屈みにしながら、携帯電話を持った手を伸ばして差し入れたとされているが、この体勢は、盗撮を試みるものとしては露骨すぎるともいえるし、不特定多数の者が出入りするような場においては、周囲の人から容易に不審に思われるような体勢であり、不自然といえ、迫真性を欠いている。
また、・・・混雑していたとは窺われない店内において、このような状況で約5秒間も動画を撮影することを2度にわたって行ったというのであれば、Aにとって背後からであるとしても、直近で不自然な行動をとる人物の存在に気が付く可能性が高いと考えられるが、Aは、第2動画撮影終了時の本件携帯電話の機械音に気付くまで、直近の人や手の存在、スカート内に差し入れられた携帯電話の存在などについて一切気が付いておらず、また、第1動画撮影終了時の機械音にも特段気が付いていないのであり、Aの供述と整合するものとはいえない。
また、・・・Aが視認した状況と本件自白にある被告人の体勢・行動は明らかに異なる。
さらに、・・・確実に女性の下着を盗撮しようと考えてもう一度盗撮行為に及べばある程度目的となる女性の下着や内股といった部分が安定して撮影されているはずであると考えられるが、撮影終了までAにも気付かれておらず、安定して撮影できない特段の支障があったとは窺われないにもかかわらず、第2動画は撮影対象が安定して映っておらず、下着、内股、スカートのすそなど盗撮の目的となる部分やその付近が一切映り込んでいないのであって、本件自白の撮影方法と第2動画の内容は到底整合するものではない。第1動画についても、映り込んだ人の肌や服様のものがAのものとみる余地はあるものの、手ぶれが激しい映像であり、・・・本件自白とは整合するものではない。
・・・そうすると、本件自白の信用性を認めることはできない。

 

【6 被告人の当公判廷における弁解状況等について】
一方で、・・・被告人の述べるような経緯からすれば、Aの身体等を動画で撮影しようとしていたというのであるから、そのような行為がAに発覚すれば何らかの追及を受けることは容易に想像がつくものであり、このような追及を恐れた被告人が、Aから逃げたり、Aから本件携帯電話を取り返そうと必死になったりしたとしても不自然とはいえない。
そうすると、被告人の当公判廷における弁解は、被告人の存在がAに気付かれた時点の状況についてはこれまで認定した事実と異なる面はあるものの、被告人が、D店内において、Aの身体等を撮影しようとして、本件携帯電話の動画撮影機能を起動させて録画を開始させた上でAに近づくなどしてAに気付かれたという経緯に関する部分は、本件証拠上その信用性を否定できるものではない。

 

【7 総括】
以上からすれば、被告人は、D店内において、本件携帯電話の動画撮影機能を起動させて録画を開始してAの身体等を撮影しようとして動画を撮影しつつAに近づくなどし、第2動画の撮影を終了した際に、Aに気付かれたため逃走したという限度では事実が認められるものの、被告人が、午後4時8分ころ、Aのワンピース内の下着を撮影する目的で、その背後から同人着用のワンピース下方に、動画撮影機能を起動させた携帯電話機を差し入れたとの事実を認めるには合理的な疑いが残るというべきである。
そうすると、被告人の行為は、福岡県迷惑行為防止条例6条2項2号に該当せず(なお、仮に、被告人があわよくばAの下着や衣類の中を撮影しようと考えていたとしても、これまで述べたように、Aの下着や衣類の中が映り込む現実的可能性のある態様で本件携帯電話のカメラレンズを向けたとまでは認め難く、結局、同条例に反する行為は認めることはできない。)、本件公訴事実については犯罪の証明がないものとして、刑訴法336条により、被告人に対し無罪の言渡しをする。

弁護士 若林翔

弁護士法人グラディアトル法律事務所代表弁護士。 東京弁護士会所属(登録番号:50133) 男女トラブルや詐欺、消費者被害、誹謗中傷など多岐にわたる分野を手掛けるとともに、顧問弁護士として風俗やキャバクラ、ホストクラブなど、ナイトビジネスの健全化に助力している。

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